Digital Financeに向けて - 決算デジタルプラットフォームの有効利用
本稿は、経理決算プロセスのグループ統一を図り、本社統制機能を強化しつつ、組織再編やM&Aへの迅速な対応等が期待できる、決算デジタルプラットフォームの狙いと機能概要について解説します。
本稿は、経理決算プロセスのグループ統一を図り、本社統制機能を強化しつつ、組織再編やM&Aへの迅速な対応等が期待できる、決算デジタルプラットフォーの狙いと機能概要について解説します。
近年、日本企業では積極的なM&Aにより業容拡大を図る一方、ディスラプションに対応するためにIoTやAIなど先端テクノロジーを活用した研究開発を進め、ビジネスモデルの変革と企業パフォーマンス向上に取り組んでいます。財務経理に目を向けると、海外子会社の急速な増加や新規ビジネスの取引に対する備えの脆弱さなどを背景に、会計処理の誤謬や会計不正などグローバルレベルで各種課題が顕在化しています。しかしながら、AIなど最新のテクノロジーが矢継ぎ早に展開されているなか、財務経理領域への効果的な対応が遅れているのが実情です。
将来の財務経理は、標準化・可視化されていない属人的業務に対して、AIなどのイノベーションツールを活用することで時間を創出し、ビジネスに貢献する付加価値の高い情報を提供するとともに経営者の意思決定をサポートすることが求められています。
本稿は、決算業務プロセスを可視化・効率化し各種オペレーションリスクを低減するだけでなく、経理決算プロセスのグループ統一を図り、本社統制機能を強化しつつ、組織再編やM&Aへの迅速な対応等が期待できる、決算デジタルプラットフォームの狙いと機能概要について解説します。
ポイント
- CFOが描く将来の財務経理とは、数値集計や決算書作成に時間を割く業務モデルから脱却し、ビジネスサイドに寄り添い財務数値面からアドバイスできる人材・業務環境への変革である。
- 実務者レベルの業務オペレーションの実態は、依然として標準化・自動化が進まず、経理処理における誤謬や会計不正などグループ経理処理の品質のばらつきが潜在する改善すべき領域に対して、積極的なイノベーションが図られていない。
- 2025年問題などを見据えた会計システム刷新に取り組む企業も多いが、単なるシステムリプレイスになっており、本来可視化し改善すべき業務領域に改革のメスを入れていない。
- 真に財務経理機能を強化するためには、グループ含めた経理業務統制とオペレーショナルリスクを軽減する決算デジタルプラットフォームが必須。
I.将来の財務経理機能と実態
1.CFOが描く将来像
CFOが描く将来の財務経理機能とは、財務数値作成業務については属人化を排除し標準化・効率化を加速させ、より付加価値の高い分析業務にシフトしていく、いわゆるビジネスパートナー集団になることだと言われています。具体的には、事業に関する分析ならびにコアレポートを作成し財務および規制に対応するコンプライアンスを保ちつつ、有用な財務モデルを設計し複数のシナリオの財務および事業上の影響についてマネジメントに助言できる機能を備えることです。また、「アウトサイド・イン」アプローチで、顧客および競合他社の動向の変化と起こり得る事業への影響を把握しつつ、事業戦略・中期経営計画・予算策定に対しても適切なテクノロジーを組み入れた新しいビジネス・ソリューションを立案できるイノベーションおよび投資のストラテジストとしての機能を備えることも求められます。
2.改革が進まない実態
上記内容はCFOが描く将来の財務経理機能ですが、現実的には多くの優秀な人材が財務数値の確定に必要な情報を収集し決算業務を行っているのが実情です。その結果、前年対比や予算対比分析などは時間に追われるなかで限定的に可能な範囲での対応となり、連結を含めたセグメント分析や将来予測分析作業に十分な時間を割けていません。このような状況を招いている根本的な原因は、会計業務そのものが可視化・標準化されておらず子会社任せになっており収集される情報の品質や業務の成熟度が低いこと、さらには、コーポレート自身がグループ会計方針、会計処理手続きなど決算オペレーション手順を明確に打ち出していないことが最も大きな要因と言えます。したがって、CFOが目指す財務経理機能のモデル(図表1参照)を実現するためには、まずは足元の特に実務者層における業務オペレーション領域の改革を加速させる必要があります。
図表1 CFOが目指す将来の財務経理の姿
3.実務者レベルの業務オペレーション上の課題
実務者レベルの業務オペレーションでは、国内外の会計ERPシステムを活用して経理業務を実施しています。ところが、多くのERPシステムは各種取引処理の結果を総勘定元帳に転記し、情報を保持するまでの機能しか有していません。たとえば、関係会社取引や各種勘定照合による検証業務や貸倒引当金処理などの個別計算処理業務については、重要性が高い業務でありつつもERPシステムの機能としてはサポートしていません。その結果、各種決算処理は、担当者がAccessやExcelなどのEUCツールを活用して実施しているのが実態です。当該領域については、マニュアル統制により形式的にはその品質が担保されている形となっていますが、実態は、業務手順の不徹底、個人任せのEUC管理・運用、一向に進まない情報共有、責任権限ルールの曖昧さ、形式的な作業管理と業務負荷の未把握、など見過ごしている課題が多岐にわたり、結果として業務品質の低下や会計不正の可能性など、目に見えないリスクを放置した状態で日々の決算業務が行われていると言っても過言ではありません。この問題は、単に体力の弱い子会社の問題だけではなく、コーポレートでも同様に散見される課題であり重大なオペレーションリスクであるにもかかわらず、依然として属人的かつ聖域業務として扱われ、改革に取り組まれていない領域です。最も重要で人材の負荷が高い業務領域に対して、如何にグループ全体の安定的な品質維持と生産性向上を図るか、まさに優先的に取り組むべき課題だと言えます。
II.決算デジタルプラットフォームによるDigital Financeへの備え
1.決算デジタルプラットフォームの狙いと期待効果
(1)4つの変革テーマ
決算デジタルプラットフォームは、第Ⅰ章で掲載した実務者レベルの業務オペレーションの課題に対して、4つの変革テーマを目的として構成されています。1つ目は『透明性の確保』であり、複数のセクションを跨ぐ業務プロセスを管理し、プロセス全体にわたるボトルネックと必要な統制を特定し、能動的にモニタリングすることを可能とします。2つ目は『プロセス統合化』であり、各グループ会社間で標準化された一貫性のある複数プロセスの自動化による生産性の効率化を可能とすることです。3つ目は『ガバナンスと統制』であり、マニュアルプロセスを削減することによりオペレーションリスクの軽減と品質向上のためにシステム統制を実現することです。4つ目は『リソース最適化』であり、望ましいROIを実現するためのコスト削減、スタッフの生産性向上と最適資源配分を可能とすることです(図表2参照)。
図表2 決算デジタルプラットフォームの全体像
(2)具体的なコンポーネント
上記4つの変革テーマに対して、決算デジタルプラットフォームは各種具体的なコンポーネントを具備しています。
- 決算業務プロセス管理(単体・連結・IR等)
決算業務を可視化し業務定義することで、担当者によって決算手順が異なり品質を担保できない課題を解決するとともに、誰が・いつ・どのような情報を活用して、何を分析し、何を作成し、誰が承認したか、を勘定科目ごと業務ごとに明らかにします。 - 勘定照合・差異分析管理
事前に設定した科目ごとに、取引明細との自動照合を行うことで、勘定照合業務の自動化が可能です。さらに、関係会社取引などの差異分析により未計上明細の特定などが可能となり、必要に応じて調整仕訳の生成と総勘定元帳へ自動連携します。 - データ連携&EUC管理&仕訳自動連携
会計処理に必要な情報を事前に定義することで自動連携により情報収集を可能とします。また、個別見積計算など担当者独自に作成しているEUCツールを統一的に管理することで、処理ツールの可視化とメンテナンスリスク・棄損リスクを回避することができます。さらに、EUCツールなどとの組み合わせで処理した分析内容やその結果必要となった修正仕訳を総勘定元帳へ仕訳自動連携します。 - 取引補助簿管理
新たなビジネスモデルなど業務システムで対応できないような契約情報や未払費用等、従来経理部側で手管理しているような取引について、契約情報を含めて統一的に取引補助簿として管理し、必要に応じて仕訳生成や残高管理を行うことができます。 - 業務処理・経理規定管理(文書管理)
決算業務で活用する業務処理手順や留意事項、さらには経理規定等をプロセスに連携する形で参照・管理します。また、業務で収集した各種情報や作成成果物を一元管理することができます。 - 作業スケジュール・進捗管理
各種業務タスクの全体のスケジュール計画や具体的な作業時間工数、進捗管理ができ、ボトルネックや改善ポイント、生産性向上の指標としても活用できます。
上記1.から6.の主な業務機能をカバーする決算デジタルプラットフォームは、決算業務に必要な多種多様なシステム機能を兼ね備えて構築されています。したがって、ERPパッケージ等の会計システムに当該機能が兼ね備わることで、決算オペレーションのほとんどの部分がシステムでカバーできることとなり、近未来に訪れるDigital Financeへの備えが、基盤として出き上がることになります。
(3)想定される期待効果
上記の各種コンポーネントを決算デジタルプラットフォーム上で実現しグループ各社にも展開することで、経理決算プロセスのグループ統一が図られること、グループ各社の経理処理がシステム的に統一されコーポレートサイドからの統制機能が強化されること、さらには組織再編やM&Aによる新組織に対してグループ標準の決算処理プロセスを迅速に展開することなどが可能となります。また、当該業務処理に会計監査の視点も組み込むことで、監査にも効率的に対応できる業務を組み立てることも可能となります。つまり、グループ全体に決算デジタルプラットフォームが浸透することで、内部統制の指針の提示や月次モニタリング制度への取組み、さらには帳簿の透明性や会計不正への対応など、CFOが望むファイナンス・ガバナンスの基盤が確立されると言えるのです(図表3参照)。
図表3 ファイナンス・ガバナンス強化のための決算デジタルプラットフォーム(期待効果)
2.導入アプローチ
(1)企業状況から考察したアプローチ
導入アプローチは企業の状況や目的により変わります。特定の経理プロセスの可視化や効率化を手始めとして限定的に行いたい場合は、プロトタイプ的に対応業務や導入機能を特定し、導入していくアプローチが妥当です。一方、財務品質が低い特定の海外子会社から対症療法的に導入し早期の効果創出を狙うアプローチもあります。さらに、会計不正・ガバナンス強化をグループ全体で強化することが必達の場合は、各社含めた全体構想フェーズから開始するアプローチの考え方があります。
(2)投資対効果を勘案した現実解
決算デジタルプラットフォームは、決算業務に必要な多種多様なシステム機能を兼ね備えて構築されています。具体的には、業務タスク管理、ワークフロー管理、スケジュール管理などのBPM1パッケージの機能に加えて、仕訳連携機能や勘定照合機能、さらには差異分析機能、補助簿管理機能など会計特有の機能を追加しており、相応のIT投資が必要となります。決算デジタルプラットフォームを最終の理想型と位置付けつつも、Step1では決算業務タスクの洗い出しと業務標準化を、Step2ではExcel等を活用し決算処理テンプレートによる処理手続きや分析手順を定義し報告業務の統一化を、Step3としてIT投資を含めた決算デジタルプラットフォームの実装といった段階的な取組みが重要となります。
III.おわりに
CFOは、CEOからファイナンス・ガバナンスを確保するスチュワードシップとビジネスパフォーマンスをバランスよく遂行させるとともに、非効率な領域については将来を見据えて、先端テクノロジーを活用したトランスフォーメーションの早期実現も求められています。さらに、KPMGが行った調査において、日本のCFOは「より集約的で連携に優れ、標準化されたグローバル財務経理機能を構築する」ことを重要視しています。そのためには、世に存在するERP会計パッケージが未だカバーできていない最も重要な経理決算業務に対して、AI2、RPA3、BPM1、EAI4といった先端テクノロジーを活用した決算デジタルプラットフォーム基盤で構築することが、Digital Financeへ繋がる1つの解ではないかと考えます。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
アカウンティングアドバイザリーサービス
パートナー 濱田 克己