Close-up 1:パーフェクト・ストームを生き抜く

Close-up 1:パーフェクト・ストームを生き抜く

地域、人口動態、テクノロジーにかかわる3つの同時進行の変革「パーフェクト・ストーム」が至る所でビジネスルールを書き換えている。最も顕著なインダストリーが消費財小売セクターだ。

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中村 吉伸

KPMG FAS 執行役員パートナー/KPMGジャパン ターンアラウンド&リストラクチャリング(事業再生・事業変革)サービス統括

KPMG FAS

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今日の消費者は、欲しいものがあったら、直ぐその場で買いたいと思う。そして、その選択は「何を買うか」から、「どのような手段」で、「いつ」「どこで」「誰から」買い、さらには「評価し共有するか」にまで広がっており、要求水準は上昇する一方である。不可逆的にテクノロジーが進化する時代に、より多元化する新たな消費者と向き合うために必要な変革の方向性を考察する。

消費者を知ることから始める

テクノロジーが可能にした新しい時代の変化に台頭したのが、主にインターネット上で大規模なサービスを展開するプラットフォーマーと呼ばれる巨大IT企業と、そのエコシステムといえよう。自社の求心力を高め、他社との提携を通じてより多くのアイデアやリソース、顧客とそのデータを集積することで、短期間に多くのことを成し遂げている。巨大プラットフォーマーが提供する、全てが一か所で完結する便利なサービスは、他に移る気を起こさせない。また、デジタルを駆使し、ミレニアル世代をターゲットにしたスタートアップ企業の攻勢も、市場の成長をけん引している。

今のキーワードは「成長」である。自社の文化、戦略、ビジネスモデルは顧客の要望に迅速に応えられているか?デジタル化やスマートテクノロジーの活用は成長に資するか?顧客を真に理解し、顧客に最も近づき、顧客の状況に適した最高の提案や体験を提供する。カスタマー・セントリック思考で、自らを変革できる企業こそが、高い成長と業績を達成することができる。

消費における「認知」、「検討」、「コンバージョン(商品購入)」、「評価」の段階は昔から変わらないものの、インターネット、デジタルイノベーション、それに続くオンラインショッピングの隆盛により、その中身は劇的な変化を遂げた。タッチポイントがオフライン・TV・媒体広告からオンライン・モバイル・SNSに移り、さらにはオフラインとオンラインの間を行き来することで、線形だった購買プロセスは循環型やクモの巣型に複雑化している。そして、多様なカスタマージャーニーを通じて消費者に提供される体験、そこで構築される関係性や共感がこれまでになく重要性を増している。

多元的な消費者を理解するための『5つのMy』

テクノロジーやデジタルの進化、データ証跡の激増により、消費者は、自分のことを理解した上での提案や、カスタマイズ化された商品・サービスの提供を期待し、企業もその実現を目指している。KPMGが消費者分析に関して提唱する『5つのMy』がある。すなわち、私の「動機」「関心」「つながり」「時間」「財布」に着目し、ライフステージやライフイベントにわたる変化や相互作用を分析することで、人口統計的アプローチでは見えない、今日や将来における個々の消費者像を理解することにつながる。多元的な消費者の行動に結び付く真の要因と、消費者の購買決定にかかわる重要なトレードオフを理解することで、はじめて特定の消費者に適切にアプローチすることが可能となる。

顧客体験を始動させる

顧客体験を始動させる

Source:KPMGインターナショナル『Me, My Life, My Wallet 第2号』(2019年4月発行)より

世代間サーフィンを成功させる - ミレニアル世代とジェネレーションZ

乗っている波が小さくなり始めたら、うまくタイミングを計って次の波を捉えるか、そのまま乗り続けて最終的に乗り終えるかの選択になる。若年成人期、子育て期、子供の独立、引退など、人々のライフステージの波を理解し、変化のパターンを読み切った企業は、彼らのライフステージが移るたびに新たなニーズの波を捉えることができる。あるいは一つのライフステージに対象を絞り、そこに入ってくる新たな世代の波を捉えることにより、世代間サーフィンを成功させることができる。しかしながら、同世代の中でもライフイベントの迎え方や時期が大きく変化している昨今、従前のビジネスモデルでは、次の波を捉えることはできない。果たしてミレニアル世代やジェネレーションZを顧客として迎え入れる準備は整っているだろうか?

1980年代から2000年代初頭生まれのミレニアル世代は、前世代までは大人の証でもあった車の免許やその所有を重視しない。スマートフォンを持つことが重要なライフイベントであり、モバイルやオンラインこそが人とつながるツールであるミレニアル世代は、カーシェアリングやモビリティレンタル、オンデマンド交通の利用を好む。結婚、家の購入、第一子誕生といったライフイベントの時期が遅れ、婚姻率、出生率も低下している。

2000年以降に生まれたジェネレーションZは、親世代の影響で幼少期からゲームに触れている。今のオンラインゲームは、アバターを通じて自らの人生の一部を作り出し、その中で生きる仮想現実を可能にしている。大ヒットした「Fortnite」は、アイテム課金のみを収益源として、月間売上3億ドルを達成している。友人と過ごし、小遣いでスキン(全身を覆う着せ替えコスチューム)を買い、「自分らしさ」を表現する場所なのだ。メディアに精通し、多数のデバイスを使いこなし、ゲームをしながら複数のユーチューブ番組を同時に見つつ、デバイスやコンテンツを行き来するジェネレーションZ にとって、ゲームから映画へ、またゲームに戻り、さらにユーチューブへ、玩具へ、ファッションへというタイインが「ニューノーマル(新たな常識)」となる。

必要なのは「非連続の変革」

情報とモノが溢れかえる現在、企業にとって自社の商品やサービスを顧客に選んでもらうことはますます困難となっている。「ここのこれがいい」と人と共有、共感したくなるような「売り」「理由」がない限り、選択基準は価格に陥りがちだ。品質、価格、デザイン、機能、環境、健康、利便性、それらのバランス、さらには企業の社会活動や思想に至るまで、顧客の関心や共感を呼び込むポイントは多岐にわたり、複合的である。

顧客を知るために、そして顧客との関係性を構築し、共感を呼び込むために、消費財メーカーにとってもこれまで小売企業任せだった顧客とのタッチポイントを自ら持つことや、自社を知ってもらうこと=ブランディングが重要性を増してくる。また、消費者の購買動機が商品やサービスそのものでないところにあることもある。例えば、常に時間に追われ、助力を必要とする子育て世代や共働き夫婦などは、時間短縮や情報収集といった、カスタマージャーニー全体にわたっての利便性が鍵となる。サプライチェーン全体をモバイルアプリで完結、簡素化し、子育てや共働きにまつわる悩み相談や情報共有のためのコミュニティの場を提供することができれば、顧客を呼び込み、つなぎとめる武器になるかもしれない。

業種にかかわらず、不連続の変革に取り組む際は、“Think like a start-up”の心構えで臨むことが肝心となる。もしゼロからビジネスを始めるとしたらどの消費者をターゲットとするのか。どのようにデジタルやテクノロジーを駆使し、どのようなビジネスモデルを構築するか、とまずは考えてみて欲しい。すでに確立された事業を運営している企業では、従業員や資産といった既存のリソースを所与と考え、検討する選択肢の範囲を狭めたり、そうしたリソースの生産性を損ねる選択肢を低く評価したりする傾向がある。典型的な例では、オフラインとオンラインの間での売上のカニバリゼーションなどで変革のジレンマに陥るケースだ。

変革にあたっては、全社価値ベースで、かつ長期間にわたって変革をしなかった場合の現実的な成り行き想定と比較検討する視点が必要だ。そして、部分最適に囚われず、全体最適を全うする経営トップの胆力とコミットメントも重要となる。

多元的な顧客の変化に対応するために、重要業績評価指標(KPI)の設定を変更することも重要となる。例えば、店舗売上から顧客売上や満足度にKPIを変え、オフライン、オンラインのどちらで売り上げても評価されるようにKPIを設定し直すなどだ。イノベーションや新規事業を開発するために基金を設立したり、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)を活用して別運営でインキュベートしたり、M&Aを通じてそれらを一気に取得して時間を買うことも有効な手法となる。

これらの手法の多くは、数年単位の投資期間や相応の投資金額が必要となるため、自社ビジネスの破壊が顕在化してからでは手遅れとなる。消費者の期待に応えられない企業は時を待たずに破壊される。自らの破壊に着手し、不連続の変革を遂行するのは、まさに今である。

執筆者

株式会社KPMG FAS 執行役員パートナー
消費財・小売セクターリーダー
中村 吉伸

KPMGで約20年にわたり、M&A、JV設立、組織再編・事業再構築、海外進出・撤退、事業変革等のプロジェクトに関与。消費財・小売企業を中心に企業統合、グループ会社整理、事業計画策定、新規事業などを支援。事業再生サービスの日本代表を兼務し、私的・法的整理下での再生、公的支援企業の再生から、経営不振企業のターンアラウンド・業界再編などを支援。

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