2025年5月8日

ワークショップにおける参加者からの非常に多くの質問は、テーマの関連性と参加者の高い関心を示しています。時間の都合上すべての質問にお答えすることはできませんでしたが、特に重要で多く寄せられた質問を厳選してご紹介いたします。
ご不明点がありましたら、以下のメールアドレスまでご連絡ください。

パート1|米国との二国間貿易のバランスを取るための政府の取り組み

質問1:「ベトナム政府は、米国の新しい貿易・関税政策による悪影響をどのように緩和しようとしていますか?」

ベトナムの米国貿易・関税政策に対する戦略的対応
ベトナム政府は、米国の新たな貿易および関税政策による課題に対して積極的に対応しています。外交交渉、経済調整、戦略的要請、国内施策といった多面的なアプローチにより、悪影響を最小限に抑え、米国との安定した貿易関係を促進することを目指しています。

外交的関与と交渉
ベトナムは、相殺関税への対応として米国との正式な交渉を開始しました。最初の協議は2025年5月7日に行われました。ベトナム政府は、「利益の調和とリスクの共有」という戦略を強調し、両国にとって相互に有益な解決策を見出すことを目指しています。この外交的取り組みは、建設的な対話を維持し、貿易摩擦の激化を防ぐために極めて重要です。

経済・政策の調整
米国の懸念に対応し、貿易のバランスを取るために、ベトナムは液化天然ガス(LNG)や航空機などの米国製品の購入を増やすことを約束しました。この動きは貿易黒字の削減と公正な貿易関係へのベトナムのコミットメントを示すものです。また、中国製品の迂回輸出による関税逃れを防ぐため、不正輸送対策を強化しています。これにより、輸出の透明性と信頼性を高め、国際貿易規則への準拠を図ります。

米国への戦略的要請
ベトナムは、市場経済国としての早期認定を米国に要請しています。これにより、貿易上の優遇措置を受けられ、アンチダンピング措置のリスクが軽減されます。また、ハイテク製品の米国からの輸出制限の解除も求めており、より公平な貿易環境の構築を目指しています。

国内対策
国内では、行政機構の簡素化によって効率化を図り、官僚的障壁を減らす取り組みが進められています。これには、半導体やマイクロチップなどのハイテク産業の推進も含まれており、経済の近代化と競争力向上に向けた施策が取られています。これらの高付加価値分野への注力により、輸出構造の多様化と外的リスクの低減を目指しています。

質問2:「2025年6月以降、米国がベトナムおよびカンボジアに課す関税はどうなると予想されますか?」

予想される関税とその影響

2025年5月初旬現在、米国はベトナムの輸入品に46%、カンボジアの輸入品に49%の相互関税を課すと発表しました。ただし、この関税の実施は交渉継続のために2025年7月まで延期されています。交渉が決裂した場合、関税は発効され、特に衣料品、履物、電子機器、家具などのセクターで、米国向け輸出に大きな影響を及ぼすことになります。

2025年6月以降に予想されること

合意に至らなかった場合、7月に相互関税が発効され、ベトナム・カンボジア製品の米国市場での着地コストが大幅に上昇します。これにより、サプライチェーンの混乱が予想され、企業は調達戦略の見直しを迫られることになるでしょう。企業は、価格改定や利益率調整の検討、税関コンプライアンスの見直し、代替市場や生産拠点の検討を実施し、潜在的な影響に備えるべきです。

企業への影響

企業は、関税の影響に備えて能動的に対策を講じる必要があります。主な戦略は以下の通りです:

  • 価格改定および利益率の調整:米国市場での競争力維持のため、価格戦略の見直しが必要になる可能性があります。
  • 税関コンプライアンスの見直し:関税規制を遵守することで、罰則や遅延を回避することが重要です。
  • 代替市場や生産拠点の模索:市場の分散や生産地の多様化により、リスク軽減が期待できます。

パート2|セクター別への影響

質問3:重複関税(tariff stacking)について説明してもらえますか?

「重複関税(tariff stacking)」とは、1つの商品に対して複数の関税が同時に適用されることを指します。この手法により、累積的な関税が発生し、輸入商品の総コストが大幅に増加する可能性があります。

重複関税の主なポイント
1. 複数の関税の同時適用:反ダンピング関税、相殺関税、セクション232(国家安全保障)関税など、複数の種類の関税が同時に課される可能性があります。
2. 課税の順序:通常、最も一般的な関税から適用され、次により特定の目的の関税が追加されるという順序で課税されます。
3. 輸入者への影響:輸入者は分類や関税コード(HSコード)を慎重に確認し、誤った分類や重複課税を防ぐ必要があります。

例:

例えば、鉄鋼製品がセクション232の対象である場合、その商品が市場価格以下で販売されていると疑われる国から輸入された場合は、さらに反ダンピング関税が課される可能性があります。

関税非重複原則(Non-Stacking Principle):

最近の大統領令では、同一の法令に基づく複数の関税が累積適用されるのを防ぐことを目的としており、1つの関税が適用されている商品には、同じ命令による追加の関税が課されないようにされています。

なぜ重要か:

関税の重複適用を正しく理解することは、企業が国際貿易を効率的に行い、余計なコストやリスクを回避するために不可欠です。

  • 着地コストの正確な見積もり
  • サプライチェーンの非効率性の回避
  • 競争力および政策の実質的な影響の正しい評価

質問 4. 米国の相互関税は、ベトナムの靴・衣料品輸出業者にどのような影響を与えていますか?その影響を最小限に抑えるにはどうすればよいでしょうか?

ベトナムの履物・アパレル輸出業者への米国相互関税の影響

2025年4月以降、米国はベトナムからの輸出品(履物やアパレルを含む)に対して46%の相互関税を課しており、ベトナムの輸出業者に大きな課題をもたらしています。関税の大幅な引き上げにより、米国市場での価格競争力が大きく低下し、注文のキャンセル、利益率の悪化、サプライチェーンの混乱といった問題が顕著になっています。

ベトナムの輸出業者への影響
X 価格競争力の低下:関税引き上げにより、米国市場でのベトナム製品の価格競争力が著しく低下。安価な関税率の他国製品に比べ魅力が劣るため、市場シェア維持が困難に。
X 注文キャンセルの増加:高コストを負担できない米国のバイヤーが注文をキャンセルするケースが増加。売上・収益の減少に直結し、経営への打撃が拡大。
X 利益率の悪化:コスト増により、企業の利益率が減少。需要低下との二重苦で黒字維持が困難に。
X サプライチェーンの混乱:調達・生産戦略の再考が必要になり、既存の供給網に混乱が生じている。
影響を最小限に抑えるための戦略
Check 市場の多様化:米国市場への依存を減らすため、アジア・欧州・アフリカの他市場への展開を進める。CPTPP、EVFTA、RCEP等の自由貿易協定の活用が有効。
Check 製品価値の向上:価格に左右されにくい高付加価値・ニッチ市場向け製品への転換。ブランド強化、品質認証、サステナビリティ対応への投資が差別化につながる。
Check サプライチェーンの再構築:関税リスクの低い国からの原材料調達や、地域内での生産体制構築により、対米依存を低減。
Check コンプライアンスと透明性の強化:産地偽装や第三国経由の転送といったリスクを回避するため、トレーサビリティと書類整備を徹底。国際基準の導入で信頼性を確保。
Check コスト最適化:生産と物流の効率化により、コスト削減を図る。自動化やデジタル化への投資が利益率改善に寄与。
Check 戦略的パートナーシップ:米国内での生産や加工を共同で行う合弁事業により関税回避を目指す。物流や法務の専門家との連携も重要。

質問5:トランプ関税はカンボジアにどのような影響を与えていますか?モーター・自動車市場の見通しは?また、カンボジア産鉄鋼に対するアンチダンピング税、相殺関税、数量制限のリスクはありますか?

カンボジアの輸出業者へのトランプ関税の影響

2025年4月以降、米国は最大49%の相互関税をカンボジアからの輸出品に対して課しています。これは、米国との大きな貿易黒字および米国市場への依存度の高さが要因です。特に影響を受けている分野は、衣料品、履物、革製品、家具、自動車部品やアクセサリーです。

カンボジアのオートバイ・自動車市場の見通し

  • 国内需要:都市化、中間層の所得増加、インフラ整備を背景に、オートバイや小型車の国内需要は依然として堅調です。
  • 輸出向け自動車部品:米国の関税引き上げにより、価格上昇・受注キャンセルといった課題に直面。2025年後半から2026年前半にかけて、市場の不安定化が続くと見られます。ただし、輸出市場の多角化と現地生産体制の強化が進めば、成長の可能性もあります。
  • 鉄鋼に対するリスク:2025年5月時点で、カンボジア産鉄鋼に対する正式な貿易救済措置(アンチダンピング税、相殺関税、数量制限など)は発表されていませんが、リスクは高まっています。その理由は、転送貿易への懸念、鉄鋼の再輸出量の増加、米国による産地証明および執行強化への重視などにより、もし不当廉売や補助金の証拠が見つかれば、関税や輸入制限が課される可能性があります。
カンボジアの輸出業者への戦略的提言
Check 原産地書類の強化:転送貿易の疑いを回避するため、文書の整備とトレーサビリティ体制の構築が不可欠。
Check 輸出市場の多様化:米国以外の市場(EU、ASEAN、中東など)への展開を強化し、依存リスクを分散。
Check 貿易外交の推進:関税の緩和や免除を目指して、外交ルートを通じた交渉を積極的に展開。
Check コンプライアンス体制への投資:米国税関の基準を満たすため、書類整備と可視化システムの導入が重要。
Check 米国の調査への備え:法的対応の準備を行い、進行中の貿易救済調査の動向に常に注意を払う。

パート3|バリューチェーンに関する考察

質問6. 中国への懲罰的関税が長期的に続くことを踏まえ、企業はすべての残りの生産を中国からベトナムへ移すべきでしょうか?また、原産地に関する問題にはどのように対応すべきでしょうか?

課題

米国による対中関税が過去最高水準に達する中、多くの企業が生産拠点を中国からベトナムへ移すことを検討しています。この戦略的判断には、関税圧力の回避、中国におけるコスト上昇、地政学的リスクなどが影響しています。しかし同時に、原産地規則の遵守という大きなコンプライアンス上の課題も伴います。

企業が中国以外を模索する主な理由

関税圧力

米国による対中関税は歴史的に高く、中国から米国への輸出コストが著しく上昇しています。そのため、企業は競争力を維持するために他の生産地を探すようになっています。

コスト上昇

中国では人件費や社会保険負担が急増しており、利益率の圧迫や製造拠点としての魅力低下を招いています。

地政学的リスク

米中間の緊張と政策の不透明性により、企業はより安定した環境を求めています。地政学的要因はグローバル経営戦略における重要な決定要素となっています。

ベトナムが有力な選択肢である理由

関税の優位性

ベトナムへの米国関税は46%であり、中国の104%に比べて大幅に低く、輸出先としてコスト効率に優れています。

人件費の低さ

ベトナムの工場労働賃金は中国に比べてかなり低く、生産コストの面で大きな利点があります。

自由貿易協定(FTA)

ベトナムはCPTPPやEVFTAなど複数のFTAに加盟しており、市場アクセスの拡大と関税障壁の削減が可能です。

インフラ整備の進展

港湾、道路、工業団地などへの投資が進み、製造・物流の効率性が向上しています。

原産地コンプライアンス:最大の課題

生産拠点をベトナムへ移す際には、**原産地規則(Country of Origin Rules)**を厳格に遵守することが不可欠です。米国関税の回避には、**実質的な加工変化(Substantial Transformation)**の証明が求められます。

必要な対応:

  •  実質的加工変化: 商品が単なる組立てや包装ではなく、ベトナムで本質的な変更を受けている必要があります。
  • ベトナムにおける付加価値創出の証明: 製品価値の相当部分がベトナム国内で生み出されていることを文書化する必要があります。
  • 透明性ある監査記録: 調達、生産工程、労働投入などの詳細な記録が求められます。

回避すべきこと:

  • 転送貿易リスク: 中国産品を単にベトナム経由で輸出することは、米国税関の制裁対象となります。
  • 原産地誤表示: 原産国を誤って申告した場合、貨物押収や刑事責任に発展する可能性があります。
戦略的提言
1. 原産地監査の実施: ベトナムでの生産活動が米国税関の「実質的転換」基準を満たしているか確認する。
2. 現地生産能力の強化: 裁断・成形・仕上げなどの上流工程をベトナムに移し、現地付加価値を高める。
3. 貿易コンプライアンス専門家の活用: 法律や税関の専門家と連携し、原産地主張の適正性を検証する。
4. 「ベトナム+1」戦略の採用: ベトナム以外にも低関税の生産拠点を確保し、リスクを分散する。

KPMGの強調点

実質的な変化

ベトナムで製品が実質的な変化を遂げることを確認し、ベトナム原産地として認定されるようにする必要があります。

積替えリスクの回避

罰則を避けるためには、透明な文書と米国税関基準の遵守が重要です。

質問7. 貿易黒字の是正策と新たなサプライチェーンの構築について

貿易黒字の是正策:

貿易黒字の是正策

米国の農産品、航空機、液化天然ガス(LNG)など、高付加価値製品の輸入を増加させることで、貿易のバランスを調整する。米国企業との合弁事業の促進も重要な手段となる。

対外投資の推進

米国における製造・研究開発施設への投資や、雇用創出・インフラ整備につながるM&A活動を通じて、持続可能な貿易関係を構築する。

輸出構成の見直し

低価格・大量生産型の輸出から、高付加価値製品や共同ブランド商品への転換を図る。米国からの監視が厳しいセンシティブな分野への過度な依存を避ける。

貿易外交の強化

二国間交渉を通じて市場アクセスの改善や規制の整合性の提供と引き換えに、関税措置の緩和・免除を求める。

新規ビジネスおよびサプライチェーン構築の戦略:

1. 立地戦略:「チャイナ+1」または「ベトナム+1」モデルの採用

一国依存のリスクを回避するため、サプライチェーンの地理的分散を実現する。

コンプライアンス優先の設計

 原産地規則の遵守(実質的転換、付加価値の創出)を前提に、ブロックチェーンやERPとの統合によるトレーサビリティ体制の構築を行う。

サプライヤー育成

現地サプライヤーへの教育・品質保証支援を行い、垂直統合によって主要原材料の安定供給体制を確保する。

ESGおよびサステナビリティ対応

環境・労働基準への準拠を通じて、グローバルバイヤーの期待に応え、グリーン認証の取得によりプレミアム市場へのアクセスを拡大する。

結論

米国による相互関税(reciprocal tariffs)の導入は、ベトナムおよびカンボジアの輸出業者にとって大きな課題をもたらしています。

市場の多様化、製品価値の向上、サプライチェーンの再構築、コンプライアンスの強化、コスト最適化といった戦略的な取り組みにより、輸出業者は影響を軽減し、複雑な貿易環境を乗り越えることができます。

また、貿易外交への積極的な関与とコンプライアンス体制への投資は、進化する関税政策の中で長期的な成功を収めるために不可欠です。中国からベトナムやカンボジアへの生産移転は、チャンスと課題の両方を伴います。ベトナムは低い関税、低コストの労働力、改善されたインフラなどの利点を提供しますが、原産地規則への準拠は極めて重要です。戦略的な対策を講じ、強固なコンプライアンスを確保することで、企業は生産移転の複雑さをうまく乗り越え、グローバル市場における競争力を維持することができます。

Hoang Thuy Duong

Hoang Thuy Duong

Partner, Head of Tax
KPMG in Vietnam and Cambodia

Nhan Huynh

Nhan Huynh

Partner, Head of Trade & Customs and Value Chain Management
KPMG in Vietnam

George Zaharatos

George Zaharatos

Principal, Tax, Trade & Customs
KPMG US

Leigh Burton

Leigh Burton

Senior Manager, Trade & Customs
KPMG US