「コロナ時代のBCP」第12回。ライフサイエンス業界はこれまでもBCP(事業継続計画)整備へ積極的に取り組んできましたが、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大は、企業の想定を大きく超えるリスクでした。コロナ禍におけるライフサイエンス業界の在り方やBCPに取り組む際に留意すべき事項について解説します。
本連載は、日経産業新聞(2021年4月~5月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
製薬会社や医療機器メーカーなどのライフサイエンス業界の企業は、製品を通じて病気の治療や生命維持、生活の質向上に寄与する社会的な責任を担っている。そのため、BCP(事業継続計画)の整備を含むBCM(事業継続マネジメント)体制の必要性は非常に高く、多くの企業がこれまでも積極的に取り組んできた。ただ、コロナ禍は、そうした企業の想定を大きく超えるリスクだったといえる。with/afterコロナ時代のライフサイエンス業界の危機対策がどうあるべきかを考えてみたい。
ライフサイエンス企業の役割はいうまでもなく、社会から必要とされる画期的な医薬品や医療機器を新たに開発し、それを高品質で製造し、かつ必要な場所に安定供給することである。また同時に、医療従事者に高品質な情報を提供することも重要な仕事だ。
そうした状況を踏まえ、ライフサイエンス企業がBCPに取り組む際に留意すべき事項として、まず挙げられるのは、大災害などの緊急事態下で優先して復旧すべき製品の特定である。
その選定は会社の利益への貢献度や事業戦略上の重要度だけではなく、当然のように社会的責任の大きさを加味する必要がある。たとえば、当該製品の供給停止により患者が死亡する可能性のある製品や代替品のない製品、医薬品であれば後発薬(ジェネリック医薬品)のない製品は、復旧の優先度合いは高くなる。
また、サプライチェーンの把握も重要である。たとえば、製薬会社では自社の製薬工場だけではなく、原料や資材のサプライヤー(供給元)や原薬の製造元、医薬品製造受託機関(CMO)、物流倉庫、医薬品卸業者のいずれかで事業の停止が発生してしまうと、医薬品が製造できない、あるいは医療機関などに届けられない可能性がある。
このため、自社の製薬工場だけの対策では不十分だ。製薬会社は原料調達から製造、流通・販売までの工程全体を通じて、各段階でどのような事業停止リスクが発生しうるのかを把握し、在庫の積み増しや建物・設備の補強、事業者との契約見直しといった多角的な対応をする必要がある。
また、ライフサイエンス企業は製造工程が日本国内だけではなく、海外の事業者にまで依拠していることが多い。このため、グローバルで同時に発生する可能性のある新型コロナウイルスなどの感染症に対応するには、既存の新型インフルエンザのまん延を想定したBCPと比較しても、情報収集や統制管理などの多くの面で異なる対応が求められる。
これまでライフサイエンス企業の多くが日本国内のみ、あるいは自社内の主要な製造拠点のみを対象のBCPを整備する傾向があった。しかし、世界的な感染症に対応して自社のレジリエンス(回復力)を向上させるには、優先して復旧すべき社会的に重要な製品を軸に、外部業者を含むサプライチェーン全体を世界レベルで把握し、各種のBCPの取組み全体を強化することが欠かせない。
緊急事態時に優先して復旧すべき医薬品(例) |
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執筆者
KPMGコンサルティング ディレクター 宮原 潤
日経産業新聞 2021年5月7日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。