COVID-19:グローバル保険会社の動き
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大する中、世界中の保険会社にとってある共通のテーマが明らかになってきている。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が拡大する中、世界中の保険会社にとってある共通のテーマが明らかになってきている。
2019年末に発生した中国を起源とする新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の大流行は、瞬く間に昨今の歴史上の全ての出来事を凌駕するかのごとく、各国に影響を与える大流行(パンデミック)となった。多くの国々では、越境制限、都市封鎖、外出制限、学校の閉鎖、東京オリンピックを含めたスポーツイベントなどの集会を禁止にするといった前例のない方策を取っている。
現時点における世界中の保険会社は、COVID-19の広がりに合わせ各拠点の対応に専念すると同時に通常業務を維持継続するためのオペレーションを検討しているところである。そんな中、世界中の保険会社にとって共通のテーマが明白となってきている。最も明確なテーマは、COVID-19の爆発的な拡大に伴う影響と保険会社の業務遂行における潜在的な影響である。保険会社では劇的に増大している保険金支払を含め全ての業務をリモートで遂行せざるを得ない状況となっている。
保険会社の取組み
心強いことに、現状の課題に立ち向かい、事業とそのコミュニティをサポートしている保険会社の姿があった。これはCOVID-19によって甚大な被害を被った中国とイタリアという2つの国でのケースである。
中国では、複数の保険会社が既存の医療保険の保障範囲を拡大し、治療費用またはCOVID-19による死亡保障の対応を行っている。例えば、ある生保大手では既存契約に対して特別な事前補償プログラムを立ち上げ1,000万件の無料保証、金額にして1兆人民元(契約あたり約10,000USD)を契約者に配布した。他の医療保険会社ではすぐに契約者へ保険金を支払えるよう緊急対応プランを立ち上げた。最悪の影響を受けた湖北省で働く何百万人ものヘルスケアに携わる人々および記者に追加の保障を提供した。無料での保障範囲拡大を行うという同様の光景はシンガポールや香港でもみられた。
イタリアでは、ヘルスケアの費用は公共の保険システムによって大規模に賄われている。いくつかの保険大手では既存の保険商品の拡張や単一商品でCOVID-19のリスクから契約者を守る特別な商品を開発している。これらの商品は主として、不遇にもCOVID-19と診断された家族向けと従業員向けのものである。家族向けには入院一時金、また集中治療のケースでは追加の資金が支払われる。従業員向けには、既存の医療保険プランにかかわらず、全ての従業員に対して保障ソリューションが提供される(入院通院一時金、一括援助プランなど)。
その他の国では、国が一時解雇後2ヵ月分の給与補償を明言している。しかし、罹患者や家族のケアが必要な人々に対する補完的な社会保障サポートがどのような保険金支払いになるのかについて継続議論中である。あわせて、社会的責任の観点から、医療従事者、病院などの、支援を必要とする方々に対して、支援金やその他の支援を提供しているといった保険会社も出始めている。保険会社は、他の多くの業界と同様に社会に貢献する方法を模索している。
代理店ネットワークの機能低下
世界中の多くの国々ではセールスとディストリビューションのネットワークを担う代理店形式が普及している。COVID-19の広範な影響により直接顧客に対面するこの代理店ネットワークに影響がでてきている。代理店ではさまざまなテクノロジーが使われてきてはいるが、基本的に対面が主流である。中国においては、セールス強化のために代理店へ無料契約を提供している。また、他の国では現在の営業落ち込みに対して報酬を強化することが代理店を後押しすると考えられている。長期的視点では、今回の危機によってセールスチャネルのデジタライゼーションが加速され、代理店において対面営業よりデジタルを活用した営業活動がいっそう容易となることは確実であり、ダイレクトセールスの新たなラインを開拓することになるであろう。顧客が希望する方法で契約を行うことになるが、地理的要因や商品により方式はさまざまであり、対面営業がなくなっていくとは考えにくい。
損害保険の状況
将来のセールスに関する懸案事項は巨大な代理店ネットワークに限定されるものではなく、損害保険全体の課題でもある。保険会社は4月の契約更新の遅延に直面し売り上げ低下につながることが予想される。さらにパンデミックが世界経済の景気後退を引き起こすならば、全体の営業保険料が落ち込むだろう。中小企業マーケットは多くの国際的な保険会社にとって成長領域であった。しかし、多くの小規模ビジネスはコストカットを模索することになるかもしれない。また、このパンデミックが長期にわたって存続するならば小規模ビジネスは存在していないかもしれない。このセグメントをカバーする保険会社にとっては我慢の時となるだろう。
一方で、保険金に関わる損害保険ビジネスへの直接的な影響は限定的であろう。例えば、ビジネスの中断やパンデミックに関わる免責事項がついた旅行保険に関して保険会社の晒されるリスクは限定的である。また、自動車保険は人々が出かけないため保険金請求の劇的な落ち込みがみられる。保険契約者が保険契約に対してある種の権利を要求してくるかもしれないことを考慮する必要がある。
ビジネス中断の議論
ビジネス中断に関わる補償を語ることは多くの国においてある種のタブーとなっている。保険業界では、既存契約に対して既に実行されているある一定程度のビジネスの中断について遡及的にパンデミックを補償するべきかどうか議論が行われている。米国では、COVID-19によるビジネス中断補償保険は議会で議論のトピックとなっている。ニュージャージー州や他州ではCOVID-19に関連する保険金請求についてウイルスは多くの保険において免責事項であるにも拘わらずビジネス中断保険の補償対象となるよう保険会社に要求するべく法制化に関わる議論が進行している。米国保険協会は、このようなアクションに対して保険業界として懸念を示している旨を発表した。国会議員もまたその発表に対して介入してきている。いくつかのビジネスでは法的対応をはじめており、保険会社に対してビジネス中断契約について法的手段に訴えてきている。これらの影響は明確だとは言いがたく、保険業界にとっても結論にいきつくにはまだ時間がかかると思われる。
医療は不確実、生保は曇り
医療保険への影響は現状でも判断が難しい。COVID-19による死亡率と罹病率は劇的に上昇しているが全体がはっきりとわかるようになるにはもう少し時間がかかるだろう。医療保険は国により政府での保障と保険会社による保障範囲がさまざまである。保険会社は無料のPCR検査やCOVID-19の蔓延を減らすための活動など多くの点で最前線に立っている。
生命保険の最前線では既に世界中で困難な道に直面していると認識されている。急激な株式市場の変動、イタリアのようないくつかの国では国債の価値変動、ゼロまたはゼロに近い金利水準、長引く経済の低調、景気後退が複合的にソルベンシー率(支払い余力)と流動性を圧迫していくだろう。保険業界では一般的に十分な資本を持っているがその余力は小さくなりつつある。これは、顧客からの新規投資の低調さとキャッシュ流出の増加による複合的な理由による。現在、多くの国では保険契約者の退職基金へのアクセスには制限が設けられているが、現在の状況ではこれらの制限は取り除かれ、ペナルティ無しでキャッシュへのアクセスが許されることになるだろう。
こうした事情によって、ある種の統合へと向かうことになるかもしれない。例えばドイツでは多くの生命保険会社があり、それらの多くはCOVID-19以前から低金利環境でビジネスを実施してきている。中小規模の生命保険会社が生き残っていくのは難しいかもしれない。
現在の状況はM&Aマーケットへも影響を及ぼしている。現在行われている大規模な取引は、もはや実現しない可能性がある。価格は再交渉が必要となるかもしれない。また、進行中の取引については中断となる可能性がある。将来においての取引は状況が落ち着いた後に急増するかもしれないが、評価が低下した会社は魅力的なターゲットとなるだろう。
財務諸表
財務報告に関しては3月31日の四半期末報告が本格化している。COVID-19と今後の不確かな状況を考慮すると保険金請求の見積もりと準備金への影響金額については、今後いっそう不確かな状況となるだろう。企業はディスクロージャーおよび報告要件にどのような影響があるのか、さらに考慮する必要がある。既に多くの規制当局は業務中断への影響緩和策として財務報告の締日を延期している。また、現在の不確かな状況で見積もりを行うために時間的な猶予を与えている。
今後どうなる?
保険会社にとって将来への影響の観点から、こうした状況はどのような意味をもつのであろうか。多くはそれぞれの国における、保険会社、顧客と販売、規制当局と政府との関係性に依存する。保険会社が伝統的に進めてきたことおよび顧客の期待、またそれらと規制当局および行政側との間でのマーケットにおける複雑な相互作用が存在している。一方で、傾向と課題の多くは現在の混乱した状況下において明確になってきている。
COVID-19によって保険会社の業務および顧客接点におけるデジタライゼーションが推し進められることは疑いようもない。代理店ネットワークではいっそうのデジタル化が必要となる。保険会社はオフィスネットワークの規模を縮小し、よりリモートワークへと進むことになるだろう。これは保険業界のみでなく他業界でもそうなるだろう。同時に、コスト効率とレジリエンス(回復力)を考慮し、さらなる業務の自動化へと向かっていくだろう。
また、別の影響としては、保険会社や規制当局も業務継続計画に深く目を向けているかもしれない。大きさ、規模、状況変化の速さを読み切れる人は誰もいないが、業務を実施し続けるための緊急対応策には注力するだろう。業務のレジリエンスは多くの規制当局の関心事となっており、今や彼らの視野のほぼ中心に置かれている。そして、現在誰もがリアルなストレステストを体験している。
より広く捉えてみると、現在のCOVID-19の状況は急速に展開する不安定な世界において、保険会社がなすべき役割についての議論を再燃させることになるだろう。保険業界はこの困難な時代において顧客とビジネスにさまざまなサポートを提供している。しかし、ビジネス中断の課題は大きな構造的かつ社会的リスクを低減するための方法に関心が向かうだろう。保険会社が保険の価格をどのように設定しているのか、そして、そのコストによって得られる保障として顧客は受け入れることができるのだろうか。政府はどこでバランスを取るのだろうか。米国では特にフロリダやテキサスの洪水に関してよく見られる議論である。国の洪水保険プログラムを通して、政府は基本的な保障を提供するが限定的であり、特別な保障を提供しているが、それもまた限定的なものである。州や米国政府は究極的には大災害への緊急対策をこれらのケースに提供している。しかしこれらの保険はある限度までの保障しかしていない。規模が大きすぎて商業的に成り立たせるためには限界があるのだ。
パンデミックそのものもまた大規模なものとなっている。しかし、保険でそれらに対応するには高額すぎるだろうか。保険業界は過去において、革新的で素早い対応を示してきた。疑いようもなくこれからも同じように示していくだろう。サイバー保険が最初に現れたときは高額すぎるように思われていた。しかし、保険会社の素早い対応がいっそう手ごろな価格にするための制限をもたらしていった。おそらく、我々は同様のパターンをみるだろう。あるパラメータと適切な価格となったパンデミックをカバーする保障や条項が新しい商品に組み込まれていくであろう。究極的にはどのような形式でオファーされたとしても購入するかは顧客次第である。保険の保障についてどのようにビジネスリスクを管理しリスク選好を評価しているか、顧客の考え方を確実に理解する必要がある。さもなければ、将来でのビジネスは危険になるだろう。
これはCOVID-19から浮かびあがってきた多くの事柄のうちの1つである。今まさに影響を受けている国が増えつつある状況で、保険会社は24時間体制で目前の近々の課題に取り組んでいる人々、顧客、ディストリビューションネットワーク、パートナーをサポートしているところである。
本稿はKPMG Global Head of InsuranceであるLaura Hayの「COVID-19: the global insurance response」をKPMG ジャパン保険チームにて翻訳したものである。