バンキングの未来は過去を凌駕するか
銀行が大金を投じてきたレガシーシステムは堅固だが柔軟性がなく、これまで役立ってきたとはいえ未来のニーズには応えられません。
銀行が大金を投じてきたレガシーシステムは堅固だが柔軟性がなく、これまで役立ってきたとはいえ未来のニーズには応えられません。
このような状況にどのように対応すべきでしょうか。既存銀行が支配的な市場シェアと新規参入のデジタルチャレンジャーが食い込んでいる比較的小さな市場シェアを考えると、従来型銀行はどの程度素早く行動する必要があるでしょうか。漸進的変化、抜本的変革、あるいは完全な新規開拓など、変化はどのようなものであるべきでしょうか。
これは銀行にとってはおなじみの話です。指一本で銀行サービスに接続可能な顧客は、もっと安く、速く、快適なバンキング体験を求めています。こうした要求に応えるチャレンジャーバンクや新規参入企業が数多く出現しています。こうした企業は革新的テクノロジーで武装しており、従来型金融機関の足かせとなっているレガシーインフラの重荷から開放されています。とはいえ、従来型銀行は依然として業界最大のシェア、羨望の的である強力なブランド、大きな顧客基盤、高い認知度を持っています。
このような事態に直面し、多くの銀行はイノベーションの推進、機敏性の向上、いっそうの顧客中心主義に大きな投資をしています。大多数の組織では、これらの投資はレガシーシステムの間に合わせ的アップグレードと漸進的変更から成っています。実際、組織はこれらのシステムから完全に脱却したがらないのです。その理由は、これらのシステムに相当な投資を行ってきたということ、非レガシーシステムの信頼性への懸念、そしてこれらのシステムが過去の成功体験の中心にあったという単純な事実です。その他の金融機関は、方針転換に別の道を選んでいます。
1つはっきりしていることがあります。従来型銀行は自行のレガシーシステムに間に合わせ的アップグレードを施すわけにはいかないということです。システムのアップグレードは、たとえ大胆で野心的なものであっても、それが長期的に持続可能な競争優位をもたらすとは考えられません。多くの法域において市場への新規参入に規制上の制約があるということもあり、金融サービス業界におけるテクノロジー変化の速度は他業界よりも緩慢でしたが、今後は変化に急速に適応する能力がますます重要となっていくでしょう。銀行が繁栄を望む場合に将来の理想的姿やそれに到達する方法について根本から考える必要があるほど、業界の変化は大きなものです。
2030年の時点では銀行業界はどのような様相を呈しているでしょうか。ビジネスモデルは銀行業界全体と同様、テクノロジーにより変革されているでしょう。新しいモデルが数年の内に現れ、レガシーシステムの応急措置は中止に追い込まれるでしょう。銀行は中核においてデジタルな新しいアーキテクチャに目を向け、新システムの構築と乗り換えを選択するところが増えるでしょう。
プレッシャーに負けず:デジタルバンクの参入
英国には数年来、Starling Bank(スターリングバンク)、Atom Bank(アトムバンク)、Tandem(タンデム)などのいわゆるチャレンジャーバンクが存在しています。Fidor Bank(フィドール銀行)およびN26は欧州初のデジタルバンクでした。このビジネスモデルは、今や世界中のあらゆる場所に出現しています。実際、世界全体では次のような約100行のチャレンジャーバンクが存在します。
- SolarisBank(ソラリスバンク)、N26 - ドイツ
- MyBank、WeBank、Kakao(カカオバンク) - アジア
- Nubank(ヌーバンク) - ブラジル
- Chime(チャイム) - 米国
- 86400、Volt(ヴォルト)、Xinja(シンジャ) - オーストラリア
2019年3月、香港金融管理局は管轄下で3行以上のデジタルバンクにバンキングライセンスを付与したと発表しました。これらの企業は同年中に営業を開始すると見込まれます※1。
従来型銀行に比べるとデジタル銀行は依然として小規模に見えるものの、適応力と顧客中心主義、データ駆動形の意思決定能力を活かして急成長しています。従来型銀行に対抗するほどの顧客基盤はまだないかもしれませんが、市場の侵食は始まっています。新たなデジタルチャレンジャーは、特にミレニアル世代の若者をますます味方につけ、しだいに市場シェアを獲得するかもしれません。従来型金融機関はその潜在的成長力を看過すべきではありません。
アプローチの選択肢
新たな現実に対する方針転換
過去5年にわたり多くの金融機関が、テクノロジー関連のアジャイル型のシステム開発だけでなく、能力強化との試みを中心とするイノベーションプログラムに数百万ドルを投資してきました。この変革遂行のために採用されたアプローチは、各々の既存の強みや事業戦略、特定された弱みにより異なります。
レガシーシステムのアップデート
多くの従来型銀行は、すでに指摘したとおり、競争力維持のためにレガシーテクノロジーのアップデートに大幅な投資を行ってきました。これらの投資には、ローンをより迅速に承認するためのクレジットシステムのアップグレードや、アプリケーション・プログラミング・インターフェース(API)とオープンバンキング体制との互換性あるシステムの構築、より堅固なデータアナリティクスの統合方法の発見などが含まれます。悪くはないものの、おそらくこれらの漸進的変革は、従来型金融機関に新たな競争相手を払いのけるのに必要な競争力を与えることはないでしょう。
デジタルバンクの買収
多くの従来型銀行が、迅速な変革の手段としてデジタルバンクを買収しています。カナダに拠点をおくスコシアバンクは、2012年にING Direct(カナダ)というデジタルバンクを買収しました※2。この傾向は最近ますます顕著になっています。たとえば北欧の銀行では、ノルデア銀行が2019年3月にGjensidige Bankを買収したと発表し※3、ロイヤルバンク・オブ・スコットランド(RBS)は最近、デジタル・スタートアップであるLoot(ルート)の株式の25%を取得※4しました。RBSは現在発展途上にある自行のデジタルバンク、Boを通じて、この投資を行いました。
既存のデジタルバンクを買収することで、従来型銀行は変化への柔軟性を獲得したり、買収したブランド名を保持したりできます。また、既存の顧客を銀行間で移管したり、既存のサービス顧客基盤を組織的なクロス・プロモーションを通じて拡大したりすることもできます。しかしながら、顧客の移管を選択した場合、古くなったレガシーシステムの解消を他の場合よりも早急に行う必要があるため、相当な費用がかかるというリスクもあります。
※2 Scotiabank to buy ING Bank of Canada for $3.1B
※3 Nordea completes acquisition of Gjensidige Bank
※4 New RBS digital bank invests in Loot
デジタルバンクの設立
多くの従来型銀行は自行のデジタルバンクを設立しています。すでに述べたように、RBSは既存のデジタルバンク(Loot)への投資に加え、リテールバンクのBoを展開し、昨年は中小企業(SME)を標的とするデジタルバンク、Mettle(メトル)※5を立ち上げました。その他にも、米国のMarcus(マーカス、ゴールドマン・サックス)やイスラエルのPepper(ペッパー、レウミ銀行)などの事例が知られています。
デジタルバンクの設立により、従来型銀行はブランディングと顧客基盤の構築という点で同様の柔軟性を獲得することができます。しかし、新たなビジネスモデルの開発とブランドの構築に必要な時間と投資は、途方もないものになりかねません。上級経営陣、ライセンス、財源、テクノロジー、顧客という、デジタルバンクが備えるべき5つの柱を確立するには、相当な資源が必要です。これに対処するために、一部の銀行はデジタルバンクに支援を求めています。たとえばRBSは、デジタル分野への進出のためにStarling Bankと提携しています※6。
デジタルバンクを開設すると、新たなチャレンジャーに対して、サービスの改善とオープンケイパビリティを伴う十分な防衛策になります。より競争力のある新しいビジネスモデルにより、さらなる低コスト、高い機敏性、優れたモジュール性を得ることができます。新たなテクノロジー投資は、既存銀行をスタートアップ企業と対等に競争できる水準に引き上げ、顧客移管は問題なく実行されます。
デジタルバンクはまた、しばしば「救命ボート」銀行と呼ばれます。デジタルバンクがオペレーション面で弾力性を持つと判明すれば、従来型銀行はこれまでの顧客を新たなデジタルバンクに移すことを検討するでしょう。これはレガシーインフラを新たなテクノロジーに置き換え、銀行が苦慮している機敏性および顧客体験の問題を解決するのに役立ちます。
※5 RBS tests its SME digital entity Mettle
※6 Starling to help RBS develop digital bank
部屋の中の象:変革で問題となるのはテクノロジーとは限らない
新たな競争相手となるデジタル企業と変化する顧客の期待がもたらす問題にうまく対応するには、銀行はテクノロジー以外のことも考える必要があります。自行の変革をうまく達成するためには、どのような道を選ぼうとも、内部的変革・外部を巻き込んだ変革を問わず、戦略およびビジネスプロセス全体を再検討する意欲を伴わなければなりません。これはモバイルアプリの使用やクラウド、顧客のアクセサビリティ、ビッグデータの使用を客観的に検討し、どの意思決定でもそれが自行の包括的事業戦略にいかに貢献するかを明確にすることを意味します。
長期的成功には、全階層の従業員が自分の組織の変革を理解し、重視さえするようになるという、企業文化の大きな変化が必要です。多くの金融機関は自行に変化が必要だということは知っていますが、必要な変化の規模や、変革で直面する内部抵抗の大きさを認識している組織はほとんどありません。この抵抗に対処するために、前提となる変更管理があらゆる銀行変革の取り組みの継続的かつ永続的な要素となっている必要があります。加えて、関連する全てのコミュニケーション・プログラムが、転向者やできれば伝道を最初からこの取り組みに引きつけることを目指すべきです。
デジタルバンキング戦略の定義は、明確なビジネスモデルをもって始まる
道筋の形成:必要な問い
競争力を高め、利害関係者のニーズや、今後数年続いて金融サービス業界を再構成すると考えられるダイナミックな変化にうまく対応したいと考える金融機関にとって、成功への道筋は1つではありません。銀行は現在の自行の立ち位置と将来の理想形についてのしっかりとした理解に基づいて、自らの進むべき道を決定する必要があります。
出発点として、企業は実施すべき項目の解明に役立つ、いくつかの重要な点を自問しなければなりません。その一部は次のとおり。
- 将来の価値創出とその収益化をいかに実現するか
- 現在の立ち位置と理想形のギャップを埋めるのに必要な変革は何か
- 必要なアップグレードの実施に関する費用対効果はどうか
- レガシーシステムの改良により、将来的競争力につながる十分な柔軟性を確保できるか
- 確保できないならば、どうすれば自行で新ブランドの技術スタックを構築できるか
- 自行の時間的制約と、別の選択肢が必要とする時間量はどれだけか
- 自行の変革の一部として活用できるシステム、構造、提携先はあるか
明日の繁栄のために今必要な行動
必要な根本的変化を理解し、自組織の変革のために遅れまいと今行動する銀行は、競争力を高め、かつてない成功を収めるでしょう。間に合わせのアップグレードは短期的には流れを断ち切るのに十分と見えるかもしれませんが、より根本的な変革を積極的に進める企業こそが、今後数年において金融サービス業界をリードする絶好の位置を占めるだろうと当社は確信しています。新たなビジネスモデルを採用し、新たな技術スタックを構築し移行する企業は、競争相手のデジタル企業に対して最善の備えができるでしょう。