中国事業再点検

本稿では、中国企業の成長要因を糸口とし、競争がますます激しくなっている事業環境下で、日本企業がどのように事業を見直せばよいかについて考察します。

本稿では、中国企業の成長要因を糸口とし、競争がますます激しくなっている事業環境下で、日本企業がどのように事業を見直せばよいかについて考察します。

中国経済は、目覚ましい発展のスピードが鈍化しつつあるなか、昨今の米中貿易摩擦の影響もあり、不透明感が高まっています。しかし、成長率が落ちたといっても世界第2位の経済大国であり、経済成長率6%はオランダに匹敵する規模でもあります。また、キャッシュレス化やデジタルを活用した新たなビジネスモデルの誕生など、米国と並び世界をリードする存在へと変貌を遂げています。一方では、従来の経済成長の波に乗った大量生産・大量消費が通用しなくなっており、中国系企業も含め、生き残りをかけた競争はますます激しくなっています。
本稿では、中国企業の成長要因を糸口とし、このような事業環境下で日本企業がどのように事業を見直せばよいかについて考察します。中国経済発展の状況を俯瞰したのち、中国における成功要因を、急成長を実現したローカル企業から導き出したうえで、中国における事業再構築の視点について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 中国の、今後の成長ポテンシャルはいまだに大きい。新たなビジネスモデルを生み出す市場としても、より注視すべき市場である。
  • ローカル企業の成功は、「潜在ニーズへの訴求」「アジャイルな軌道修正」「ブランドの確立」といった戦略・オペレーション的要因と、「トップの大胆な意思決定」と「高レジリエンスな現場力」という組織的要因の両輪による。
  • 日系企業が変化のスピードが速い中国で事業を成長させるには、成長戦略やオペレーションモデルの見直しに加え、現地パートナーの活用、マネジメントのローカル化、ベストな人材の投入、ローカル人材に適した人事制度の構築などの、組織運営にまで踏み込んだ取組みが必要となる。

I. 巨大消費国に変貌した中国

1. 中国経済の発展の経緯

中国は、1990年頃は労働集約型ローエンド品の生産地として経済発展を始め、アリババ、バイドゥ、テンセントに代表されるIT企業が牽引する形でデジタル社会へと急速に発展し、世界第2位の消費大国となりました。今後、成長速度は鈍化傾向にあるものの、中国製造2025や一帯一路により世界第1位に達する可能性が高まっています。
経済規模の観点では、2010年に日本のGDPを超えてからも成長を続け、2018年時点で日本の2.7倍に達しています。最近では、中国の経済成長率が6%台に落ち、中国悲観論が出ていますが、この6%という水準は、オランダに匹敵するほどの経済規模です。
産業構造の観点では、1990年当時は第2次産業の全体を占める割合が高く、「世界の工場」と言われていました。今でも第2次産業の割合は40%ほどありますが、第3次産業の構成比が50%を超えたことから、消費へのシフトも明らかです。米国の80%や日本の72%などの先進国に比べるとまだ低いため、今後の伸びが期待されています。

2. 豊かになっていく中国国民と消費行動の変化

GDPが大きくても、中国は約14億人の人口を有しているため、1人当たりGDPはようやく1万ドルに達したところです。しかし、中国の上位10都市の1人当たりGDPは、いずれも2018年には2万USドルを超えています。この2万USドルというのは、バブル期の日本全体のGDPに匹敵するものです(図表1参照)。

図表1 1人当たりGDPの推移

1人当たりGDPの推移

また総収入も、2013年の36千人民元から2018年の53千人民元へと、年率8.3%で上昇しました。総収入が増えるなかで個人の興味にも変化が生じており、自動車はもとより、健康医療サービス、教育やレジャー余暇にお金を使う傾向が強まっています。
さらに世帯別の収入では、年所得1千万円相当を超える世帯は全世帯の2%未満に過ぎませんが、世帯数は日本の1.5倍に達しており、プレミアム商品、高級品に対する需要は既に日本を超えています。

3. 外資系企業から見た中国市場

外資系企業も中国市場に重点を置いた事業展開をしています。たとえばスターバックスの店舗数は、2019年6月末時点で、日本の1,300店に対し、中国ではその3倍の3,900店となっています。H&Mの店舗数は、2018年11月時点で日本の91店に対し、中国では約6倍となる530店、さらに、アップルストアも、2019年9月時点で日本の9店に対して、中国では約5倍の42店となっています。
また、各企業のマーケティング上の情報発信の起点となる旗艦店の出店状況をみても、今年日本を騒がせた「スターバックスリザーブロースタリー」は、シアトルの次に上海、日本はミラノ、ニューヨークを挟んだ5番目の出店でした。さらに、ナイキの「House of Innovation」は上海が最初の店舗で、本拠地である米国・ニューヨークに先んじました。ご参考までに3店舗目は、今冬パリが計画されています。

4. デジタルアダプションの速さ

中国におけるデジタルテクノロジーの実用化の速度にはすさまじいものがあります。モビリティ、個人間送金、公共料金支払、旅行手配、フードデリバリー、ネットスーパー、リアル店舗、オンラインショッピング、病院など、ほとんどすべてでキャッシュレス決済が可能です。データの蓄積により、バグを改善するだけでなく、新たなサービスも続々と誕生しています。今後、自動運転技術や5Gなどによるモビリティのさらなる進化において、日本をはじめ他の国を大きくリードする可能性が極めて高くなっています。

II. 成長企業からの示唆

1. 中国の生活品質を向上させた代表企業

(1)中国系ハイテク企業X社
X社は2010年に創業し、高品質なテクノロジー製品をリーズナブルな価格ですべての人に提供することをモットーに、スマホやハイテク家電を販売するメーカーです。2018年には香港上場を果たし、売上も1,750億人民元に達しています。この成長ストーリーには4つのポイントがあげられます。
1つ目が「創業5年での中国スマホ市場No1達成」です。2011年にAppleやSumsungなどの上位モデルに負けない高品質なスマホの販売を開始しました。販売経路をオンラインに絞り、開発品数を少なくすることで、価格も2,000人民元未満に設定し、わずか5年でシェア15%を獲得、中国スマホ市場でNo1となりました。
2つ目が、No1に上り詰めた後わずか5年で達成した「グローバル企業への変革」です。2014年から本格的に海外展開を始め、2015年から毎年6%、13%、28%と海外売上比率を高め、2018年には40%と飛躍的な比率の上昇に成功しまし。インド市場ではシェアNo1、インドネシア市場ではNo2を達成し、15の市場で上位5社に入るまでに成長しています。
3つ目が「X社ファミリーの形成による総合家電化」です。他の企業とも連携し、IoTとSmartHomeをキーワードに、共通のデザインコンセプトのもと、ハイテク家電領域での商品ラインナップを拡充し続けています。スマートTVでは中国No1、ロボット掃除機は中国No2、ウェアラブルデバイスでは世界No2と、他カテゴリーにおいても上位シェアを獲得しています。
最後の4つ目が、「ニューリテールを中心としたスマホ事業の立て直し」です。中国スマホ市場においてシェア15%でNo1に上り詰めた後、2016年には、新機種のスペックが他社に見劣りしたこと、競合の出現、顧客志向の変化などが重なり、シェアを9%まで落としました。対策として、機種のスペックの見直しに加え、リアル店舗の展開も開始し、リアルとネットの融合を模索するニューリテール型に移行しました。上位機種Miはリアル店舗で、低価格機種Redmiはオンラインを中心に販売する体制をとり、価格・品質に応じた顧客サービス・体験を提供するようにしました。結果として、2018年には中国市場でシェアを13%まで戻すことに成功しています。

(2)中国系生活雑貨企業M社
M社はリーズナブルでおしゃれな生活雑貨を扱う成長企業です。シンプルで実用的な日本デザインとのコンセプトでスタートしたこともあり、2013年の創業当初は、特に日本人からは「ダイソー」「ユニクロ」「無印良品」を足して3で割ったブランドと揶揄されていました。2018年までの5年間で売上は170億人民元に達し、店舗数は3,500店、そのうち海外では79ヵ国で700店を展開しています。目標として、2022年には1,000億人民元、10,000店舗、その内、海外100ヵ国で1,000店舗を目標に掲げています。当初のチープなイメージは既になく、2018年にはデジタル面でIBM/SAPと戦略的協力協定を結び、2019年3月にはマーベルと提携、2,000点の商品を世界規模で販売する計画とするなど、大手企業に伍する存在となっています。また、日本デザインで成功したことを受け、2018年にはノルディックデザインの新業態の展開を開始しました。さらに、テンセント、ヒルハウスキャピタルから10億人民元の投資を受け、事業基盤強化とグローバル化の勢いは増すばかりです。

(3)中国系コーヒーチェーンL社
L社は中国で急拡大しているニューリテール型コーヒーチェーンです。2017年創業で、過去最短でNASDAQへの上場を実現させたスタートアップカンパニーで、2017年に1号店を出店、2019年の6月末時点で2,963店舗を展開しています。2019年末には4,500店舗を計画しており、スターバックスが過去20年間で築いてきた3,500店をわずか2年で上回る勢いです。
L社は最新テクノロジーを駆使したオペレーションが特徴で、顧客管理・プロモーションにおいて、利用実績に基づくダイナミックプライシング、クロスセス、リテンション率を高めるようなプロモーションを行っています。また店舗運営では、完全キャッシュレスによる管理コスト・人件費の削減、業務のスピードアップ、在庫管理・削減、店舗従業員シフトの最適化、タイムリーなKPI管理などが活かされ、高度に標準化されたオペレーションが構築されています。さらにはオーダーの実績を、新規出店計画にも活用しています。
しかし、最初から事業がうまく回っていたわけではありません。創業当初は、フードデリバリーが爆発的に伸びていたこともあり、デリバリー店主体でスタートしましたが、デリバリーコスト負担が大きいとわかるや、ピックアップ店主体へと早期に軌道修正しました。18年の第一四半期では61%を占めたデリバリー店を、19年の第二四半期では20%にまで減少させています。また、プロモーションの効果やリテンション状況の実績データを踏まえた対策をとることで、1人当たりの獲得コストも、当初の2018年の第一四半期の104人民元から19年第一四半期の17人民元まで減少しています。
早期のNASDAQへの上場を見据えていたこともあり、さらなる成長の打ち手も数多く用意していました。L社ブランドを活用したお茶カテゴリーへの拡張、従来のオフィスを中心とした一級都市ではなく、地方都市を開拓するための新たなフランチャイズモデルの開発、海外への展開準備と、勢いは止まっていません。

2. 成長企業からの示唆

これらの成功事例から、どのような点が消費者に選ばれたのかについて考えると、次の3点が挙げられます。

(1)潜在ニーズへの差別化された新たな価値の提供
X社は、iPhoneなどは高すぎて手が出ないが、低価格品ゾーンにはコピー品がはびこる市場で、手の届くぜいたく品としての潜在ニーズを見つけ出し、格安スマホ端末を送り出しました。M社に関しては、生活雑貨で安くて品質の高いものを展開する小売店が存在していませんでした。L社は、コーヒー市場が拡大する中、おいしいコーヒーをリーズナブルな価格で飲みたいというニーズに対し、デジタルを活用した新たなコーヒー体験を提供しました。このように、これらの企業はローカルの潜在ニーズを見極め、日系やその他の外資系、あるいは既存事業者が提供できていなかった価値を消費者に届けたのです。

(2)スピード感を持った戦略・オペレーションの軌道修正
X社のスマホシェアの急落時におけるニューリテールへのシフトや、成功モデルを他の商品カテゴリーや海外に横展開するスピードは、従来の企業には見られなかったものです。M社も、開発体制の強化を並行して行いつつ、品質が不十分でも矢継ぎ早に商品を投入し、入れ替えをスピーディーに行うことで、品質を飛躍的に高めました。L社も実績を踏まえて店舗のポートフォリオを迅速に見直し、顧客獲得コストについてもプロモーションの結果などを踏まえて適時修正しています。このように、3社は失敗を恐れず、よりよい方向に軌道修正することを前提に事業に取り組むことで、価値を高め続けています。

(3)明確なコンセプトと存在感によるブランドの確立
X社は、高品質なテクノロジー製品をリーズナブルな価格ですべての人に提供することをモットーに商品ラインナップを拡張し、消費者の心をつかんでいます。M社も大量生産・販売によって一品当たりのコストを削減するとともに、デザイン性がある商品・売場を展開することで、一気にブランド力を高めることに成功しました。L社は短期間に大量に出店することで、コーヒーチェーンでブルーオーシャンだったポジションでのブランド確立を実現しています。このように、明確にしたコンセプトを商品展開、店舗の雰囲気、大量出店などを通じて確実に訴求することで、選ばれるブランドになることに成功しています。
しかし、これらを実践するためには、トップの大胆な意思決定と、高レジリエンスな現場力の2つが必要となります。つまり、戦略・オペレーションの切り口だけではなく、リーダーを誰にするのか、いかにチャレンジを推奨するか、あるいは失敗を恐れない仕組みを構築するのかにも、改革のメスを入れる必要があります。

III. 中国事業再点検の視点

1. 中国事業再点検の切り口

中国事業の再点検にあたっては、(1)中国事業の目指す姿・位置付け、(2)成長期待分野、(3)オペレーション改革という3つの切り口があります。
1つ目の中国事業の目指す姿・位置付けについては、グローバル全体を俯瞰したうえで検討・意思決定する必要があります。米中貿易摩擦もあり、今後の見通しは不透明ではありますが、10~20年後を見据えたときに、中国に投資をしないことが選択肢となり得るのでしょうか。生産の拠点は他のアジアに移すものの、販売先としては強化するのか、または、完全に撤退するのか……、スピードが求められる中国において、様子見のスタンスでは今後の成功の可能性は厳しいと言わざるを得ません。

2. 成長期待分野(どこで戦うか)

中国での成長を考えたとき検討すべき領域として、ここでは3つを挙げたいと思います。
1つ目は、プレミアム化です。経済成長に伴い拡大する富裕層・ミドル層に対し、これまで日本企業が蓄積してきたノウハウを活かした商品・サービスを提供することで、市場拡大をリードできる可能性があります。収益面でも価格競争にさらされるリスクを減らし、高いロイヤルティを背景とした高収益が見込めます。
2つ目はアフターマーケットです。新品一辺倒だったところに中古品があふれ出し、かつ品質の高まりや安心安全意識の高まりもあって、中古市場やアフターサービスのニーズは急速に高まっています。これらの領域も、先進国での経験が活かせる分野で、長期的に安定した収益を確立できる可能性があります。実際に中国の自動車業界では、中古市場、アフターサービス市場が育ち、その市場を支えるプラットフォーマーも誕生しています。
3つ目は、医療健康関連領域です。中国でも日本と同様に高齢化が進んでおり、さらに、日本以上に親の世代に対するケアの意識が強いのが特徴です。ここに、日本での高い医療技術や介護や健康サービスなどの経験を活かすことで、高収益のビジネスを確立できる可能性があります。

3. オペレーション改革(どのように戦うか)

オペレーションの再構築・強化にあたっては、(1)顧客視点からの再構築、(2)オペレーションの自動化、(3)社内外データの活用の、3つを考慮する必要があります。
デジタル化の進展に伴い、営業マンや店舗スタッフ、コールセンター、テレビなどのマスメディアといった従来の顧客接点だけではなく、口コミ、SNS、アプリ、ECモール、オークション、フリーマーケットなど、スマホを中心としたデジタルデバイスを通じた新たな顧客接点が生まれてきました。言い換えると、オムニチャネル化がますます進み、いつでもどこでもお客様に接することが可能となっています。そのため、部門ごとの検討ではなく、顧客の視点からどのタイミングではどのようなチャネルが良いか、どのような訴求内容が良いのかを再構築する「カスタマージャーニー」の視点が求められます(図表2参照)。

図表2 カスタマージャーニー

カスタマージャーニー

出典:KPMG作成

次に、オペレーションの自動化についてです。昨今RPAとして標準業務の自動化が進んでいますが、部分的なアプローチとなっており、大きな成果を生み出せていないのではないでしょうか。各部署ごとの取組みでは効果が限定されてしまい、人員の削減に繋がらない、ロボットが増えすぎて管理しきれない、さらには、削減した要員あるいは工数をいかに活用するかなど、課題は尽きません。特に、中国では、人員削減に繋がる活動と受け止められると抵抗勢力の勢いが増すこともあり、事前にゴールイメージと対応策を練っておく必要があります。RPAの部分的な取組みは業務改善のモーメンタムを形成するには最適な打ち手ではあるのですが、全社的観点での業務改革でなければ、効果は生み出しにくいと言えます。
社内外データの活用に関しては、先ほどの顧客接点が増してきたことにも連動し、顧客の購買実績に限らず、購買に至った背景など、様々な情報・データが蓄積できるようになりました。AIを活用し、これまで見えていなかったニーズやウォンツなどのインサイトを引き出すのはもちろんのこと、オペレーション面でも全社的な業務改革と合わせて必要なデータ要件を明確化し、業務プロセスに落とし込むことが必要です。

4. 成功に向けて

変化のスピードが早い中国では、成長機会とオペレーション再構築に加え、組織の運営についての対策が必須となります。特に、スピード感を担保するために、適切な現地のパートナーと組むこと、そして現地法人の権限と責任を強化することが必要です。また人材配置、人事制度を見直す必要があります(図表3参照)。

図表3 中国事業再点検の視点

中国事業再点検の視点

出典:KPMG作成

ローカル企業でさえ簡単には生き残れない競争環境で日系企業が勝ち残っていくには、単純に戦略やオペレーションに手を付けるだけではなく、実行するための組織体制、さらには組織をリードするリーダーシップにメスを入れ、改革を行っていかなければ、成功は難しいでしょう。

執筆者

KPMG中国
グローバルストラテジーグループ
ディレクター 米田 有

お問合せ