会計監査における先端テクノロジーの適用 - 「月刊監査役」寄稿記事 第2回

グローバル化の進展及びビジネスの複雑化・高度化を背景に近年多発している不正会計に対して、社会の期待に応えられる会計監査を実現するために、先端テクノロジーをどのように活用するかという点について、実際の導入事例を交えつつ説明します。

近年多発している不正会計に対して、先端テクノロジーをどのように活用するかという点について、実際の導入事例を交えつつ説明します。

この記事は、「月刊監査役『テクノロジーの進化による監査への影響について』」に掲載したものです。発行元である公益社団法人 日本監査役協会の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

第1回において、AI(Artificial Intelligence)、RPA(Robotic Process Automation)、データ分析といった先端テクノロジーが会社経営及び会計監査に与える影響及びそれに対する監査役、監査委員、監査等委員(以下「監査役等」という)の取るべきアクションについて紹介した。今回の第2回では、グローバル化の進展及びビジネスの複雑化・高度化を背景に近年多発している不正会計に対して、社会の期待に応えられる会計監査を実現するために、先端テクノロジーをどのように活用するかという点について、実際の導入事例を交えつつ説明する。

1. 先端テクノロジーが会計監査にもたらす効果

まずは、会計監査において先端テクノロジーがもたらす効果について紹介する。

  • 精査的手法を通じたリスクが高いエリア及び取引の特定

ビジネスが複雑化・高度化する状況下、サンプリング手法により一部の取引のみを検証する試査では、不正な取引や異常項目の検出は難しくなってきている。そこで、データ分析技法を用いて母集団全体に対して分析を実施し、異常なエリア及び取引を特定することで、従来に比べてより精緻なリスクの絞り込みが可能となる。

  • 異常値の検知

IT技術やクラウド環境の進展により、従来と比較して膨大なデータを蓄積し、分析することが可能となっている。そのようなインフラ環境下で、大容量の財務データに加え非財務データも集約し、統計手法や機械学習技術を活用したアルゴリズム・予測モデルを構築することで、より高い精度で異常項目や不正の兆候を特定することが可能となる。

  • 属人化の排除

今までは、ベテラン会計士の経験・知見によって、リスクの高いエリア及び取引を特定していた。また、人の判断により監査を実施していることから、どうしても人の思い込みや先入観による影響を受けることとなっていた。しかし、先端テクノロジーを用いて経験・知見を蓄積・共有・承継化する仕組みを構築し、
客観的な情報を利用することにより監査人の能力を向上させ、かつ、監査人の能力の均質化を図ることが期待できる。加えて、人の思い込みを排除することが可能となる。

  • 業務の効率化(リソースの最適化)

RPA を通じて定型作業を自動化することで、人為的なミスを削減するとともに、監査人のリソースをより高度な判断を伴う業務にシフトすることが可能となる。

2. 先端テクノロジーの監査への導入事例

それでは、会計監査における先端テクノロジーの活用について、実際の監査現場において導入されている事例を見てみよう。

(1)高度なデータ分析

  • データの可視化

先端テクノロジーの活用事例として、まずデータの可視化が考えられる。多角的な視点で分析結果を可視化する仕組みを導入することで、全体の傾向を把握し、他とは異なる特徴を持った取引や項目を容易に特定することが可能になる。また、分析指標にベテラン会計士の知見を取り入れることで、誰でも感覚的・視覚的に分析を行うことができる。
試査をベースにした従来の監査手続において、販売取引や仕訳情報等の膨大なデータから不正の兆候を含む取引を見つけ出すことは容易ではなかった。ところが、Business Intelligence ツール(BIツール)を使ってこれらのデータを可視化することで、俯瞰的に概要を理解することが可能になる。例えば、年度末の押込み販売というリスクシナリオに対し、まず販売データ及び予算データを使って決算最終月に予算を達成し、かつ決算月の売上割合が高い事業部を特定する。次に、特定された事業部について、担当者別や製品/得意先別といった視点で取引を細分化して趨勢分析を行うことで、異常な取引が特定される。従来の、サンプリングにより特定された一部の取引のみに対して証憑突合を実施するアプローチと比べて、より網羅的で、より客観的に押込み販売のリスクが高い取引を絞り込むことができる(図表1)。

図表1 売上予実分析

図表1 売上予実分析

このように、大量の取引データをリスクシナリオに基づき可視化することで、経験の浅い若手の会計士でも容易にリスクの高い取引を特定することができる。また、昨今では、業務プロセスの可視化も注目されている。具体的には、システムに含まれる取引のログを利用することにより業務プロセスを可視化し、例外的な業務フローを視覚的、網羅的に把握することで、内部統制の有効性評価につながる(図表2)。

図表2 業務プロセス可視化

図表2 業務プロセス可視化
  • 統計手法を用いた分析

会社の取引を可視化した上で、統計手法を活用して、取引明細から他とは異なる傾向を示す取引を特定する手法も導入されている。例えば、工事進行基準案件は損失の発生が見込まれた時点で、当該損失を認識する必要があるが、見積りの要素が大きく、また原価付替え等による不正操作に対して、効果的な監査手続を実施するのは困難であった。このような案件も統計手法を用いることでリスクの兆候を示唆する工事案件を特定することが可能となる。
具体的には、ロジスティック回帰分析を活用して、工事収益率を予測して損失が発生する可能性が高い工事案件を特定するものである。過去数年の全工事案件の期間進捗率、利益率推移、担当部門や工事内容などを基に、工事収益率予測をモデル化し、現在進行中の工事進行案件に適用する。このように、統計手法を監査手続に適用すると、従来とは異なる視点でより客観的に監査手続を実施することができる(図表3)。

図表3 工事収益率予測

図表3 工事収益率予測
  • 予測モデルの構築

さらに、過年度の財務データに加え、外部データや非財務データを用いて機械学習の技術を活用することにより、売上高やその他の財務数値の当期見込残高や将来の数値を予測することも実用化されつつある。また、統計及び機械学習を活用し、財務諸表における不正の発生リスクをスコア化する取組も始まっている。こうした予測・スコアリングモデルを導入することで、客観的な裏付けに基づいて判断を行うことが可能となり、より深度ある手続の実現につながる。

(2)AI技術の活用

自然言語処理、画像認識、音声認識といったAI技術は、データ分析以外の場面でも活用されつつあるので、幾つか事例を紹介する。

  • ナレッジの共有・収集

自然言語処理及び機械学習技術を通じて、プロフェッショナルの知見を集約・蓄積・共有するシステムを構築することで、高度なナレッジを社内で共有することが可能となる。このように今まで会計士の頭の中にあったノウハウを形式知化することで、会計士の判断が均質化し、また、会計士はより高度な判断に注力することができる。

  • AI-OCRを活用した情報の抽出

AI-OCRとは、文字認識技術であるOCR(Optical Character Recognition)にAIの技術を取り入れたソフトウェアだ。従来のOCRに比べて、識字率も高い。また、これまでのOCRツールでは、認識する項目(住所、金額など)の記載場所をあらかじめ指定することが必要であったが、AI-OCRは自動的に項目を識別することができる。会計監査の現場では、第三者から入手した証憑と監査対象会社の財務データを突合する手続を実施するが、AIOCRを活用して抽出した情報をデータ化することにより自動照合を実現し、手続範囲の拡大及び効率化につなげることが可能となる。

  • 画像認識技術を用いた現物確認

画像認識技術とは、機械学習を通じて画像や動画から特徴をつかみ、対象物を識別する認識技術の一つである。ドローンや衛星写真を使って、棚卸資産や固定資産の現物確認を行うことが検討されている。特に、鉱山などの、人が直接確認しにくい場所での活用が期待されている。

(3)定型業務の自動化

  • データ集計・照合

監査現場においては、RPAの技術を活用し、業務の効率化を進める取組が活発だ。監査及び監査関連業務の一部を自動化することにより、会計士のリソースを定型業務から高度な判断を行う業務にシフトすることが可能となる。例えば、データの集計や定型的な加工、有価証券の評価における株価収集などを、RPAを利用して自動的に行うという感じである。

3. 先端テクノロジーを活用するための課題

先端テクノロジーの活用は、上記のような監査業務の高度化・効率化につながる一方で、その導入に当たってはクリアすべき課題もある。

(1)データの標準化への対応

連載第1回の「課題と対応」セクションにおいて、先端テクノロジーを有効活用するためにはデータの標準化・システムの集約化を進めていく必要がある旨を記載したが、実態としてはデータを統一化して管理している会社は多くない。このような状況下で適切なデータ分析をするために、会計監査人は情報システム部門や経理部門といった会社関係者と密接に連携の上、利用可能なデータを最大限に活用することが必要である。

(2)業務プロセスの自動化への対応

RPA等の導入による自動化に適した業務は、定型的な業務であること、明確なルールがあること、また処理が大量であることが前提となる。したがって、判断を伴う業務や作業手順が異なるようなケースでは、自動化による十分な効果が享受できない。また、RPAに関連する業務フローに変更が生じた場合、一から作り直しが余儀なくされるケースがある。会計監査人はこのような事項を十分に考慮した上で、システム対応・RPAの活用・マニュアルプロセスの整備といった選択肢を上手に使い分けながら、監査プロセスの自動化を推進していくことが重要になる。

(3)多様な専門家の活用

従来は監査業務といえば会計士がほぼ全ての業務を担っていたが、今後は高度なデータ分析をサポートするデータサイエンティスト、データの抽出・加工を主導するIT専門家、AI技術の効果的な導入を請け負うAI専門家など多様な専門家の知見を伴って遂行していくことがますます重要となる。それに伴い、会計士もそれらの専門家とより効果的に協業できるよう、新しいスキルを磨く必要がある。

4. 監査役等として会計監査について確認及び連携すべき事項

(1)監査アプローチの再確認

会社規模の拡大やテクノロジーの進展により、会社のビジネスの在り方そのものに変化をもたらしている現在、潜在的な会社のリスクも変化していると言える。そんな中で、監査人が現在実施している監査アプローチが、そうした変化に対応できているか確認してみてはどうだろうか。例えば、サンプリングを行っていると監査人が説明した場合、不正リスクに適切に対応できているのか、データ分析を活用した精査的手法を採用できないのかといった点を監査役等として監査人に再確認するのである。監査役等と監査人の連携、有機的なコミュニケーションは監査の有効性と効率性の向上につながると考える。

(2)データ分析の有効な連携

監査役等と監査人の連携に関する実効性を高めるための手段の一つが、先に述べてきたデータ分析だ。効果的なデータ分析を実施し、その結果を会計監査だけではなく、監査役監査、内部監査とも共有することで、お互いの監査の実効性が高まる。例えば、データ分析により特定されたリスク項目に対し、会計監査人からだけではなく、監査役等としても対象部門に確認する、業務監査目線でフォローするなどである。データ分析結果を監査の計画・実施に反映させることにより、お互いの品質向上につながるため、双方協力して進めていくことが重要である。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
次世代監査技術研究室 室長
小川 勤

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