ACGAのコーポレートガバナンス調査の結果にみるアジアおよび日本市場の状況

本稿は、2018年12月に公表された最新のCG Watchが示すアジアのコーポレートガバナンスの状況について、日本に関する調査結果を中心に解説します。

本稿は、2018年12月に公表された最新のCG Watchが示すアジアのコーポレートガバナンスの状況について、日本に関する調査結果を中心に解説します。

ハイライト

Asian Corporate Governance Association(以下「ACGA」という)は、コーポレートレポートガバナンスが、アジアの経済と資本市場の長期的な成長に不可欠な要素であるとの考えにもとづき、アジア市場のコーポレートガバナンス向上に資する目的で、1999年から香港を拠点に活動を行う非営利団体です。現在、年金基金、ファンドマネジャー、企業、教育機関、KPMGを含む会計ファームなど、世界18の国や地域から、112の組織がACGAの会員となっています。
ACGAは、アジア・パシフィック地域12市場のコーポレートガバナンスの状況について、1年おきに調査を実施し、その結果をCG Watchと題するレポートとして公表しています。本稿は、2018年12月に公表された最新のCG Watchが示すアジアのコーポレートガバナンスの状況について、日本に関する調査結果を中心に解説します。
なお、CG Watchは、ACGAによる市場別の包括的な調査のほか、証券リサーチ会社であるCLSAによる市場別の企業調査を包含していますが、本稿は、ACGAによる調査結果のみを対象としています。また、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 今回公表されたCG Watchは、副題を「難しい決断(Hard decisions)」としており、上場規則の緩和等により、有力な新興企業の上場を誘致したいとの思惑と、資本市場の公平性を維持向上させたいという改革マインドの狭間で、市場の規制当局が難しい決断に直面していると結論付けている
  • 過去の同調査においても、アジア・パシフィック地域の中ではコーポレートガバナンスの成熟度が比較的高いとされているオーストラリア、香港、シンガポールに続き、今回は、政権交代後のマレーシアの改革の進展が顕著であるとの結果が示されている
  • 日本においては、コーポレートガバナンス・コードおよびスチュワードシップ・コードの導入と改訂による進展がみられる一方で、会社法、金融商品取引法、証券取引所の上場規則などによる改革が必要な領域にも、課題が残されていると指摘されている

I.「CG Watch 2018」調査の結果概要

1.市場別コーポレートガバナンスランキング

CG Watch 2018では、合計121の調査項目について、ACGAが独自の評価基準を設け、6段階評価でスコア付けを行い、その合計点で市場をランキングしています。
アジア11市場に、オーストラリアを加えた計12の市場の合計点をパーセンテージに換算した合計スコアと、ランキングの結果は図表1のとおりです。

図表1 市場別コーポレートガバナンススコア、および改革の主たるテーマと課題

図表1 市場別コーポレートガバナンススコア、および改革の主たるテーマと課題

出典:ACGA CG Watch 2018

2016年に実施された前回のCG Watchから、評価方法に変更が加わっているため、スコアによる単純比較はできないものの、オーストラリア、香港、シンガポールが、前回と同順位のまま上位を維持しています。マレーシアは、政権交代に伴う改革を追い風にスコアを上げ、4位となりました。日本は、前回の調査以降、コーポレートガバナンス・コード、およびスチュワードシップ・コードの改訂による前進はありましたが、他の市場における改革の進展状況との相対的な比較を反映した合計スコアでは、結果前回の4位から7位となりました。

2.調査カテゴリー別スコア

合計121におよぶ調査項目は、コーポレートガバナンスの向上において役割を有するプレイヤー別の6カテゴリーに、コーポレートガバナンスに関するルールの整備状況を表す「CGルール」を加えた7つのカテゴリーに分けられており、カテゴリーごとのスコアも公表されています(図表2参照)。

図表2 カテゴリー別スコア

図表2 カテゴリー別スコア

出典:ACGA CG Watch 2018

アジア全体で平均スコアが最も高いカテゴリーは「監査人および監査に関するレギュレーション」です。ここでは、会計基準、監査基準、監査人の独立性に関するルール、監査の規制当局の有効性など、監査に係るレギュレーションの整備状況がスコアを押し上げる要因となっています。日本が最も高いスコアを獲得したのもこのカテゴリーで、アジア市場において、最初に監査法人のガバナンスコードを導入したことが特筆されています。
一方で、平均点が最も低かったカテゴリーは、「投資家」でした。
12の市場のうち、スチュワードシップ・コードが導入されているのは8市場で、インドが保険会社への限定的なコード導入にとどまっているほか、中国、フィリピン、インドネシアではスチュワードシップ・コード導入がなされていません。アジア全体でみると、スチュワードシップ責任を真摯に果たそうとする投資家の数が少ないことが、低スコアの要因だと分析されています。

II.アジア市場全体の傾向 - 揺らぐ公平性の原則

ACGAが活動を開始した20年前と比較すると、アジア各国のコーポレートガバナンスの状況は大きく向上し、規制当局も企業も改善の道を進んでいるものの、この先、検討すべき課題も多く残されていると、ACGAは総括しています。
市場によって改革のスピードや、フォーカスする領域は異なりますが、透明性、アカウンタビリティ、公平性が、これまでのアジアの市場改革における根源的なテーマであり、市場と企業の双方に競争力をもたらすための質の高いコーポレートガバナンスの要素であるとされてきました。
しかし、透明性とアカウンタビリティについては、引き続き強いコミットメントが見られる一方で、2016年以降、公平性を追求する姿勢に急速な揺らぎが見え始めているとACGAは指摘しています。その顕著な事象とされているのが、香港とシンガポールにおいて解禁された、普通株式より議決権の多い種類株の発行です。中国における急速な技術革新とともに台頭する新興企業の上場招致が、米国の証券取引市場をも巻き込む競争となり、市場の競争力を測る指標として新規上場件数を競う傾向がみられるようになっていることに懸念が示されています。これまで、アジアの市場別ランキング上位の常連であった香港とシンガポールは、今回のCG Watchでも上位を維持したものの、種類株の解禁によりスコアそのものは下がっています。
また、インドネシア、韓国、日本、フィリピンといった一部の市場において、少数株主保護に関する対応が十分でないことも指摘されています。買収時や株式の希薄化による資本増強時のルール、支配株主が株式に担保権を設定する際のルール、株主総会の開催時期の集中など、市場よって様々に課題が見られ、アジア全体として、公平性の原則が揺らぎつつあることにACGAは警鐘を鳴らしています。

III.日本市場の評価

1.総評 - 2つのコードの浸透と、その陰に潜む残された課題

2016年に実施された前回の調査以降、日本ではコーポレートガバナンス・コード、スチュワードシップ・コードともに改訂がなされ、企業と投資家が尊重すべき原則がより深度あるものへと導いた規制当局の取組みと、多くの企業や投資家が、これらのコードを尊重していることが、日本のポジティブな点として挙げられています。
その一方で、株主の権利保護に関連する領域に改善の余地がみられることや、取締役会の形式面での改善の陰で、そのカルチャーやプラクティスが追随しきれていない点があることへの懸念が示されています。
これらの懸念は、主に「CGルール」および「上場企業」のカテゴリーの調査結果として示されており、カテゴリー別のスコアも、この2つが最も低い結果となっています。したがって、これら2つのカテゴリーの評価結果について、次に個別に解説していきます。

2.CGルールに関する課題

他のアジア市場と比較した場合に、日本のルールが弱いとされている点は多く挙げられています。その中でも、株主の権利保護、および取締役会のカルチャーやプラクティスに関連する点には、次のようなものが含まれています。
 

  • 少数株主保護に関する点
    • 買収ルールに付随する少数株主保護
    • 株主総会開催日の集中と、株主総会までの期間(の短さ)
    • 株主による重要提案の制限
    • 第三者割当に関するルール
       
  • 取締役会のカルチャーやプラクティスに関する点
    • 取締役の研修、株式への担保権設定、関係者間取引に関する情報開示
    • 経営幹部や取締役の報酬開示
    • 独立取締役の定義
    • 企業のガバナンス形態によって異なる監査を担う機能(監査委員会、監査等委員会、監査役会)の違い
    • 役員の選任プロセス


挙げられた点の多くは、コーポレートガバナンス・コードやスチュワードシップ・コードといった、いわゆるソフト・ローの強化というよりは、関連する法律や上場規則といった、いわゆるハード・ローの改正を要する事項であるといえます。この点についてACGAは、ソフト・ローよりもハード・ローが優れているということではなく、両方が健全なコーポレートガバナンスの推進には不可欠であると述べています。
また、株主が企業に対して、適切なスチュワードとしての役割を果たすためには、株主の平等性が確保される必要があり、これは、日本市場が長期的かつ持続的な価値創造を実現するための投資を呼び込むために重要な点であると指摘しています。

3.上場企業に関する課題

上場企業の状況については、2016年に実施された前回の調査以降、独立取締役の選任が進んだ点、ROEや配当などに改善がみられている点、投資家とのエンゲージメントに積極的な企業が増加している点などが評価されています。
その一方で、企業による財務報告、コーポレートガバナンス報告、サステナビリティに関する報告などにみられる課題(主に投資家の意思決定に資する情報の不十分性)や、取締役の独立性、多様性、CGルールのカテゴリーでも言及された監査委員会、監査等委員会、監査役会の機能の違いの不明瞭さやわかりにくさといった課題が指摘されています。
そのうち、総評でも指摘された、取締役会のカルチャーやプラクティスに関する課題には、次のような点が含まれています。
 

  • 取締役会の委員会(任意の諮問委員会を含む)に関する報告の不足
  • 取締役研修の実績に関する詳細情報の不足
  • 取締役の実効性について、実効性が確保されていること以上の詳細情報の不足
  • 役員報酬開示の不足(個別開示など)
  • 長期の事業戦略や課題とリンクしたサステナビリティ情報(例えば、ステークホルダーエンゲージメントの実施状況や、認識するマテリアルな課題に関する説明)の不足
  • 独立取締役に期待する役割の説明不足
  • 取締役の多様性に関する方針の説明不足
  • 監査役監査報告書が定型的である


ここで指摘されている点の多く情報開示は、他のアジア市場においてはすでに制度化されており、当然に開示すべき事項として企業報告で説明されているとACGAは述べています。したがって、日本企業が国内の開示ルールに従い、その範囲内での情報開示に留まっている場合、他のアジア市場の企業と比較されると、情報開示不足と捉えられてしまう状況にあるようです。グローバルに投資を行う株主からの信頼獲得には、他の市場と比較して遜色のない情報提供を意識する必要があることを示唆しているといえます。

わが国では、2018年11月に、金融庁から、有価証券報告書の記載事項を充実させるための「企業内容等の開示に関する内閣府令」の改正案が公表されたのに続き、同年12月には、有価証券報告書における記述情報の開示に関する原則案が公表されました。開示ルールへの形式的な対応を改め、開示の充実を促すこれらの動きが、上場企業の情報開示をより良いものへと導く後押しとなることが期待されます。

IV.他のアジア市場の状況

CG Watchの調査対象となっている他の市場の状況については、誌面の都合上、詳細に解説できませんが、ACGAが市場ごとのガバナンス改革の主たるテーマと課題は、図表1の通り示されています。

V.まとめ

日本におけるコーポレートガバナンスの議論は、企業と投資家による改革に焦点が当たりがちですが、ACGAによるアジア市場のコーポレートガバナンスに関する調査は、企業や投資家のみならず、各市場を管轄する政府、規制当局、市民社会とメディアなどの資本市場のプレイヤーそれぞれに焦点を当てている点に特徴があります。これは、それらの各プレイヤーが、コーポレートガバナンスのエコシステムを形成し、コーポレートガバナンスの向上において果たすべき役割を担うというACGAの考えにもとづいています。循環するエコシステムを形成する幅広いプレイヤーに目を向ければ、日本企業、そして日本市場の競争力強化に向けた改善の余地はまだ多くあることを、今回の調査結果は示しています。それは決して、他の市場に見劣りするというネガティブなものではなく、成長の種がまだ多くあるということであり、2010年代初頭から始まった日本における大きなコーポレートガバナンス改革の動きが、形式から実質の充実に向け、継続的に促される契機のひとつになると筆者は考えます。

執筆者

KPMGジャパン
コーポレートガバナンス センター・オブ・エクセレンス(CoE)
シニアマネジャー 橋本 純佳

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