フィリピン税制改正の概要~包括税制法案の行方~

フィリピンにおいて、ドゥテルテ政権が税制改革を断行できるのか、ターニングポイントを迎えています。本稿では、フィリピンにおける20年ぶりの税制改革に関連して、税制改革案の背景、ドゥテルテ政権の狙いおよび将来ビジョンや具体的な施策について解説しています。

本稿では、フィリピンにおける20年ぶりの税制改革に関連して、税制改革案の背景、ドゥテルテ政権の狙いおよび将来ビジョンや具体的な施策について解説しています。

はじめに

ドゥテルテ政権の税制改革案が今注目を集めている。現政権下で2016年に提出されていた税制改正法案は下院を通過し、上院に提出された。上院で承認され、大統領が署名すれば、2018年より効力を有することとなるが、2018年4月末現在、依然として不確実な状況が残されている。
ドゥテルテ政権は、2022年までに貧困率を26%から17%まで減少させ、遵法精神のある平和な国にし、一人当たりの国民総所得を現在の3,000米ドルから4,100米ドルまでに増加させるというビジョンを掲げた。また、2040年までに貧困層の根絶、1人当たりの国民総所得の3,000米ドルから12,000米ドルまで増加という長期ビジョンも掲げた。このビジョンを達成するためには、少なくとも年率7%のGDP成長率を維持し、世界的に競争力を有するような人材育成と、生産性を向上するため、インフラ整備に巨額の投資を行い、かつ健康、教育、社会保障等への集中投資が不可欠とされている。そして、そのためには、フィリピン財務省の試算では、年間1兆フィリピンペソ以上(以下PHP、2018年4月末現在1PHPは約2円)の追加資金が必要、とされた。ビジョン達成に向けた財源を確保すべく、税制改革を断行できるのかドゥテルテ政権がターニングポイントを迎えている。

1.フィリピンの将来ビジョン

ドゥテルテ政権では、2022年までに貧困率を26%から17%まで減少させ、遵法精神のある平和な国にし、一人当たりの国民総所得を現在の3,000米ドルから4,100米ドルまでに増加させることを目標として掲げている。さらに、2040年までに貧困層の根絶、一人当たり国民総所得の3,000米ドルから12,000米ドルまで増加させるという目標を掲げている。

2022年(今後6年)に向けたビジョン

  • 貧困率を26%から17%まで下げる。
  • 法令が順守される国になる。
  • 国内平和、隣国と平和的関係を実現する。
  • 1人当たり国民総所得を現状の3,000米ドルから2022年までに4,100米ドル(現在のタイや中国と同等のの水準)へ引き上げ、上位の中所得国になる。

2040年(今後24年もしくは次世代)に向けたビジョン

  • 貧困を根絶する。
  • 国民が平等な機会を得ることができる経済や政治制度を実現する。
  • 1人当たり国民総所得を現状の3,000米ドルから2040年までに12,000米ドル(現在のマレーシアや韓国と同程度の水準)に引き上げ、高所得国になる。

ビジョンの達成に向けた各種施策

ビジョンの達成に向けた各種施策

2.投資の強化

ビジョン達成に向けた投資案によると、投資総額は現行の1兆2,720億PHPから、今後2兆2,890億PHPへと大幅に増額される。追加投資は主に、インフラ投資3,300億PHP、教育投資4,540億PHP、健康への投資1,280億ペソに割り振られ、この3分野で追加額の約9割と、大きく傾斜配分されている。

現在および追加的な投資見込(単位:10億PHP)

投資カテゴリー 2016年投資見込 年次の追加投資 合計
インフラ 621 330 951
教育 454 454 907
健康 128 128 257
社会保障 60 60 120
訓練 6 25 31
その他(例:研究開発) 4 20 24
合計 1,272 1,016 2,289

出所:Proposed Tax Policy Reform Program as of Sept 28, 2016 ,Department of Finance

3.財源確保の必要性と税制改革

フィリピン財務省は、大規模な追加投資のため、大幅な財源の強化を検討しており、財源確保のための強力な施策として、税制改革が議論されている。すなわち、税制改革による税収増を通じ、ビジョン達成に必要な施策を実行するための財源を確保しようというものである。このように、税制改革はドゥテルテ政権のビジョン達成に強力に紐づいているため、ドゥテルテ政権の掲げる10項目の経済政策の一丁目一番地として注目されている。

ドゥテルテ政権が掲げる10項目の経済政策

ドゥテルテ政権が掲げる10項目の経済政策

4.税制改革案をめぐる駆け引き

ドゥテルテ政権の税制改革案は、税収増を主目的とし、国民に追加負担を強いるものである。日本での消費増税を巡る一連の議論を見てもわかるように、増税案を国会で通すことは容易ではない。フィリピンにおいても、税制改革案の可決に向けて様々な駆け引きが行われた。以下に2つの例示を挙げる。

  • 減税と増税
    税制改革案に、減税と増税の双方が織り込まれている。すなわち、個人所得税の減税と付加価値税の課税範囲の拡大ならびに物品税の増税が主要なプログラムといえる。個人所得税が減税されると、国民の大多数を占める給与所得者にとって、給与の手取額が増えることになる。収入の増加を直観的に実感できる施策である。
    一方で、付加価値税の課税ベースにおける拡大や物品税の増税により、モノやサービスの購入に際して支出(税金)は増える。要するに、納税者全体では、収入が増えるがそれ以上に支出(税金)も増えるということになる。単純に支出(税金)が増えるというプログラムよりも、収入も増えるが支出も増えるというプログラムのほうが、受け入れやすいという意図が見られる。
  • 相互扶助の精神
    フィリピンでは、国民の多くがカトリックを信仰しており、相互扶助の精神が国民に深く根付いていると言われている。フィリピンにおける議会委員会においても、税制改革案の主旨を増税と捉えるのではなく、裕福な人々から貧困層への富の再配分として訴える動きが見られた。すなわち、この税制改革案によって追加的にもたらされる増税額が投資として貧困層へ配分されると訴えるのである。このことからフィリピン国民にとって、理解を得やすい相互扶助の考え方をベースに合意形成を図る動きがみられる。

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