無形資産の評価

多国籍企業のグローバル化に伴い、無形資産を国外関連法人に使用許諾するケースや本社から地域統括会社に移転するケースが移転価格調査において議論となる場合が散見されつつある。

多国籍企業のグローバル化に伴い、無形資産を国外関連法人に使用許諾するケースや本社から地域統括会社に移転するケースが移転価格調査において議論となる場合が散見されつつある。

多国籍企業の一層のグローバル化により、従来のモノの海外への輸出から、無形資産や活動(継続事業)の海外への移転などが加速する傾向にある。それに伴って、特許権、商標等の法的権利や技術ノウハウといった無形資産を国外関連法人に使用許諾するケース(ロイヤルティ支払等)や無形資産を本社から地域統括会社に移転するケースが移転価格調査において議論となるケースも散見されつつある。

OECD移転価格ガイドラインの第6章では、税源浸食と利益移転(BEPS: Base Erosion and Profit Shifting)に対する無形資産に関する定義がなされている。その中で無形資産取引の種類としては、無形資産又はその権利の「移転」、及び商品の販売又は役務提供に関連して無形資産の「使用」が関わる取引を定義している。

無形資産の使用許諾に係る対価、例えば、ロイヤルティの対価算定においては、取引単位営業利益法利益分割法など、ライセンシーや関連当事者が稼得する超過利益に着目した移転価格算定方法が移転価格調査の場面で適用されることが多い。また、無形資産の譲渡に係る対価算定においては、その無形資産から生じるキャッシュ・フロー等を基礎とするディスカウント・キャッシュ・フロー法(Discounted Cash Flow(DCF)法)が実務上は一般的である。OECD移転価格ガイドラインの第6章では無形資産に関する議論がされており、無形資産の移転又は使用に関する移転価格算定方法について、信頼性ある比較対象取引が存在しない場合の評価方法としてDCF法も適切に利用されれば有益な方法として採用されうることを示した。その影響から、2019年度本邦税制改正では、移転価格税制の対象となる無形資産の定義、並びに独立企業間価格算定方法にDCF法が追加された。

評価困難な無形資産に係る評価

DCF法で評価するうえで、将来収益等の財務予測の根拠又は目的が特に重要となり得る。しかし、取引開始時点において移転された無形資産から生じる将来のキャッシュ・フロー若しくは収益についての予測、又は無形資産の評価で使用した前提が非常に不確かで、移転時点で当該無形資産の最終的な成功の水準に係る予測が難しい無形資産が存在する。OECDは、この無形資産を評価困難な無形資産(Hard to Value Intangibles(HTVI))と定義し、HTVIの譲渡取引に係る価格設定を税務当局が評価する際に、事後的な結果を事前の価格設定の適用性に関する推定証拠として使用することを認めるHTVIアプローチの適用に関するガイダンス(以下1~3)を2018年6月に公表し、2022年1月には当該ガイダンスはOECDガイドラインの第6章別添IIに組み込まれた。

  1. Introduction(各国の税務当局がHTVIアプローチを適用する際に基礎となる原則を示す)
  2. Examples(様々な場面で適用されるHTVIアプローチに係る事例を提供する)
  3. Dispute prevention and resolution to the HTVI approach(HTVIアプローチと相互協議手続の関係性に言及する)

一方で当該ガイダンスにより、納税者は取引開始時に採用した価格設定に使用した情報の信頼性を論証することにより、上記の税務当局が使用した事後的な結果に基づく推定証拠に反論することが可能となった。

日本においても、2019年度税制改正において、当該ガイダンス及びOECD移転価格ガイドライン、各国の執行状況をベースに所得相応性基準が国内法令化され、評価困難な無形資産(特定無形資産)の定義、所得相応性基準に相当する特定無形資産国外関連取引に係る価格調整措置の概要等が明らかとなった。また、評価困難な無形資産については、事後的な結果が発生し調査が可能となるまでに更正期間が経過してしまう可能性があったため、その対応策として更正期間がこれまでの6年から7年に延長された。

所得相応性基準:所得相応性基準を法制化した特定無形資産国外関連取引に係る価格調整措置においては、特定無形資産国外関連取引に係る独立企業間価格の算定の基礎となる予測と結果が相違した場合には、税務署長は、当該特定無形資産国外関連取引に係る結果及びその相違の原因となった事由の発生の可能性を勘案して、当該特定無形資産国外関連取引に係る最適な価格算定方法により算定した金額を独立企業間価格とみなして更正等をすることができることとされた。ただし、上記により算定した金額と当初取引価格との相違が20%を超えていない場合は、この限りでない。

事業再編自体に係る対価

上述した無形資産の使用許諾や譲渡に加えて、今後は、企業グループ内の最適資源配分の観点から物流統括会社や知的財産管理会社の設立などによってグループ各企業の機能・リスクの再編が行われるケースについて、事業再編自体に係る対価の計算の必要性が議論されることになる可能性がある。その背景として、OECD移転価格ガイドラインにおいて、事業再編自体の移転価格問題として、以下の事業再編の典型例を挙げながら、事業再編に伴って生じる、有形資産、無形資産及び活動(継続事業)の移転を取り上げ、これらの移転が生じた場合における対価の要否の検討及び対価が必要な場合の対価算定の考え方(「事業再編自体の独立企業間価格」の算定及び「事業再編後の関連者間取引の報酬」)について議論されていることなどが挙げられる。

  • 本格的販売会社(full-fledged distributors)から、リスク限定的販売会社(limited-risk distributors, marketers, sales agents)又はコミッショネア(commissionaires)への転換
  • 本格的製造会社(full-fledged manufacturers)から、契約製造会社(contract-manufacturers)又は受託製造会社(toll-manufacturers)への転換
  • グループ内の中央拠点(知的財産管理会社等への無形資産又は無形資産に係る権利の移転)
  • 現地機能の範囲や規模の縮小に伴う、地理的及び中央拠点への機能の集結(購買、販売支援、サプライチェーン物流等)

OECD移転価格ガイドラインにおいて、事業再編自体の独立企業間価格の算定にあたっては、同様の状況下で独立企業間であれば支払うであろう対価に照らして比較可能性分析を行うこととされているが、このような比較対象取引の選定は一般的に容易ではない。また、次のような事項を考慮すべきとされているのみであり、具体的な指針までは示されていない。

  • 事業再編前後の機能、資産及びリスクと事業再編を構成する取引の正確な描写
  • 事業再編の事業上の理由及び事業再編による期待利益の理解
  • 「当事者にとって現実に利用可能な他の選択肢」の有無を考慮して、取引の条件が、類似の状況において独立当事者間であれば同様の条件に合意したと期待できるものであるか否か

OECD移転価格ガイドライン2017年版において、第9章が改定され、事業再編に係るリスクの一般的な指針等はBEPSの観点から第一章Dで扱われることとなった。
従来は9章で論じられていたリスク・コントロールとリスク負担のための財務能力の観点は、組織再編時に留まらずBEPSにおいて重要な論点となることから、第一章Dの比較可能性分析において取り扱われることとなった。

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