生成AI×Finance ~財務経理領域における生成AIの活用
本稿では、昨今のデジタル領域で特に注目を集めている生成AIを財務経理業務に適用して、業務効率化や高度化を実現する上でのユースケースや留意点、適用プロセスを解説します。
本稿では、昨今のデジタル領域で特に注目を集めている生成AIを財務経理業務に適用して、業務効率化や高度化を実現する上でのユースケースや留意点、適用プロセスを解説します。
2022年11月に公開されたChatGPTは、その自然言語処理能力の高さと無償で機能を利用できる障壁の低さから、爆発的な勢いで全世界へとユーザーを拡大しています。財務経理領域においても、その特徴を活かして利用することにより、既存のデジタルソリューションでは解決が難しかった業務の高度化や効率化の実現に大きな可能性を見出すことができます。生成AIの活用においては、まずはスモールスタートでPoC(Proof of Concept以下、「PoC」という)から開始していき、その後は既存のデジタルソリューションとの組み合わせも含めて活用の幅を広げることで、経理DXのさらなる推進への効果的なソリューションになります。まだまだ発展途上にある生成AIを積極的に財務経理領域で利用することにより、未来の経理に向けた取組みを加速することが可能になります。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT 1 生成AIの注目度の高まり
ChatGPTの公開を契機として、生成AIが注目を集めている。グローバルでも、今後最もインパクトのあるデジタルソリューションとして経営層から高い注目を集めている。生成AIの利用においては3つの利用形態があり、適用する業務に合わせて利用形態を選択することになる。
POINT 2 財務経理領域での生成AIの活用
財務経理領域において生成AIを活用することで、これまでデジタル化が難しかった業務やデジタル化の効果が限定的であった業務でも高度化、効率化を実現できる可能性がある。特に、これまではデジタルソリューションでの取り扱いが難しかった文書情報などの定性データを活用することが期待される。
POINT 3 経理DXの取組みとの連動
生成AIを単独で使用するだけではなく、既存のデジタルソリューションと組み合わせることでその効果はより大きくなる。今後は、経理DXのソリューションの1つとして、生成AIの活用が重要なポイントとなる。
ハイライト
I.AIの歴史と生成AIの誕生
II.生成AIの財務経理領域での活用
III.生成AI活用におけるリスクとガバナンス
IV.生成AI導入のプロセス
V.さいごに
I.AIの歴史と生成AIの誕生
2022年11月にOpenAI社からChatGPT1が公開されて以降、生成AIが世の中の注目を集め、さまざまな場面での活用が検討されています。また、2023年3月にGPTAPIが公開されて以降は生成AIの機能を活用した多くの応用アプリケーションが企業内外で構築されています。生成AIの登場で一気に注目度のあがった感がありますが、AIの歴史は長く、これまでにも注目と黎明を繰り返しながら現在に至った歴史があります(図表1参照)。
図表1 AI進化の歴史
AIのなかでも特に生成AIが全世界的に注目を集めていることは、KPMGがグローバルで実施した「KPMG Generative AI Survey 20232」の結果を見ても明らかです。今後、最もインパクトをもたらすテクノロジーとして2番目の5G以下に大きく差をつけて生成AIが選ばれていますし、生成AIが自社に与えるインパクトを聞いた質問でもほとんどの企業がインパクトがあると回答しています(図表2参照)。
図表2 生成AIへの注目度の高まり
このように注目を集めている生成AIですが、企業のなかで活用していくうえでは、大きく3つの利用形態が考えられます。適用する業務や汎用性への期待、運用・管理の負荷などを鑑みて、自社における利用形態を検討していくことが必要となります。3つの利用形態とは、具体的には(1)オリジナルサービスの利用、(2)他サービス・機能接続、(3)自社環境・モデル構築、となります。
3つの利用形態のうち、(1)オリジナルサービスの利用は、生成AIの提供元が用意しているサービスをそのまま利用する形態であり、たとえば、ChatGPTをそのまま利用することがこれにあたります。すぐにでも利用開始できる手軽さはありますが、一方でセキュリティ面の問題や汎用的で一般的な内容のみに利用できるなどの制約もあります。
(2)他サービス・機能接続は、OpenAIが提供するAPIなどを利用したアプリケーションを使用することで間接的に生成AIを利用する形態です。日頃から使用しているアプリケーションにも生成AIの機能が付加されてきていますので、その機能を利用することになります。具体的には、最近ではMicrosoft社が提供するMS3653にも生成AIを使用した機能としてCopilotが追加されており、Word3やExcel3といった日頃から使い慣れたソフトウエアから生成AIを呼び出し、文章のドラフトやグラフの作成などの自動化が可能となっています。
(3)自社環境・モデル構築は、自社に生成AI利用のための独自環境を構築し、適用する業務に合わせて最適な利用環境を構築する方法になります。3つの利用形態のうち最も柔軟に業務目的に対応した生成AIの活用が可能となりますが、環境構築の時間とコストが必要になり、社内に一定の環境構築の知識を持つ要員を確保するか、もしくは、外部に環境構築を依頼することが必要となります。
1 ChatGPTはOpenAI社の商標です。
2 KPMG Generative AI Survey 2023
3 米国Microsoft Corporationの米国およびその他の国における登録商標または商標です。
II.生成AIの財務経理領域での活用
1.課題活用のパターン
財務経理領域においては、従来からのデジタル化の方法には適さない、または、デジタル化するには費用対効果が合わない業務が一定量存在しており、人海戦術で対応している業務がまだ残っているのが現状です。これまでは、それでもなんとかなっていたかもしれませんが、今後はそのリソースを確保することも難しくなるため、そういった領域に生成AIを活用することで一層の効率化が見込めると考えられます。
生成AIを財務経理領域で活用するうえでは、まずは生成AIの活用パターンについて理解しておくことが検討の近道です。生成AIの特徴を踏まえると、活用のパターンとしては、(1)文章要約・生成、(2)コミュニケーション、(3)分析・モニタリング、(4)処理の自動化、(5)予測、の5つに整理することができます(図表3参照)。
図表3 財務経理領域における生成AIの活用
それぞれの内容について解説します。まず、生成AIが得意なこととして、(1)文章要約・生成があります。一定のインプット情報に基づき、高い自然言語処理能力から、人が読んでも違和感のない文章を多言語で生成することが可能です。そのため、各種文章を作成する際に、生成AIにドラフト作成をさせて、それを基に人が最終化をしていくことで、文章作成の時間を短縮することが可能です。
次に、生成AIの活用パターンとして、(2)コミュニケーションがあります。これは、対話側のインタフェースにより、生成AIと対話することで必要な回答にたどり着くものになります。いわゆる、チャットボットとしての使い方であり、現場部門からの経理関連の問い合わせ対応や文章による指示ベースでの文書・ナレッジの検索、各種文書作成時の壁打ち相手などの使い方があります。ここまでの2つの活用パターンは、ChatGPTをお使いの方であれば比較的わかりやすい活用の方法であると思われます。
続いて、(3)分析・モニタリングですが、これは一定の条件や基準をあらかじめ与えることにより、その条件や基準に基づき、分析やモニタリングを実施する活用方法となります。ここで生成AIを使用するメリットとしては、これまで他の方法(データ分析やそれを用いたプログラム開発など)では難しかった定性情報(文章情報)を含む分析やモニタリングが比較的容易に実施できることにあります。
(4)処理の自動化もこれまでのデジタル化では定型的な業務プロセスが中心でしたが、生成AIを使用することで、より柔軟性の高い業務の自動化が検討できるようになっています。
最後に、(5)予測ですが、こちらもデータ分析手法を用いることでシミュレーションを行うことは可能ですが、従来のシミュレーションにおいては、定量的なデータが中心であり、定性的な文書情報を加味した予測は実現が難しい領域でした。しかし、従来型のデータ分析手法と生成AIを組み合わせることにより、数値情報と文章情報の関連性を加味した分析と予測が比較的難易度低く実現することが可能となります。
デジタル化の観点では数値化された定量的な情報を取り扱うことは比較的得意であった一方で、文章情報などの定性的な情報の取り扱いには壁がありました。たとえば、アンケートにおいて5段階で評価する設問であればスプレッドシートなどのアプリケーションで集計し、結果を比較することは得意とするところでしたが、アンケートにおけるポジティブなコメントとネガティブなコメントの判断は人間が行う必要がありました。また、従来は生成AIの特性として、定量情報の取り扱いが苦手でしばしば計算間違いをすることもありましたが、この点は改善されてきており、数字の取り扱いにおいても人間の計算能力を遥かに上回る状況となっています。
2.財務経理領域のユースケース例
ここからは、財務経理領域での生成AI活用のユースケースとして、具体的な例を紹介します。まず、財務経理領域における生成AIの活用として、最初に思い浮かぶのが問い合わせチャットボットの構築です。これまでの財務経理部門では、現場部門からの新しい取引が発生する場合の会計処理の方法や会計システムの使い方、請求書や領収書の電子帳簿保存法上の取り扱いなど、多くの問合せに対応しており、それが日常業務において一定の時間を占める状況になっていると推察します。そのような問合せに対する回答を生成AIを利用したチャットボットが担うことにより、空いた時間を他の業務に振り向けることができるようになります。それ以外に考えられる活用方法として、有価証券報告書の開示文章のドラフトを生成AIに作成させるという使い方もあります。これは、KPMG内で試作したアプリケーションですが、すでに公表されている他社の有価証券報告書の内容を生成AIへのインプット情報として、それに自社の状況も加味した開示文書のドラフトを作成することが可能です。もう少し複雑な仕組みを構築することにはなりますが、契約書のPDFファイルを基にその契約内容がファイナンスリースに該当するかどうかを生成AIが判定するアプリケーションも構築が可能です。従来の技術であれば、AI-OCRで契約書のPDFを読み込み、そこから必要な契約情報を項目として抽出したうえで、その項目がどのような値かを個別に判定することで、実現できる内容でした。しかし、それを生成AIを使用することにより、契約書の内容をAIが自然言語処理により、リースに該当するかどうかを判定するので、システムとしてはかなりシンプルなもので対応可能となります。このように、従来からも対応ができるようになっていたが、アプリケーション構築にコストと時間がかかっていたものを生成AIを活用することで、より簡単に実現できるようになる領域が今後も増えていくものと推察されます。
III.生成AI活用におけるリスクとガバナンス
1.生成AI利用に伴うリスク
ここまで、生成AIを活用することによるメリットをみてきましたが、生成AIを利用するうえでのリスクについても考えておく必要があります(図表4参照)。生成AIを利用するうえで認識しておくべきリスクにはいくつかありますが、ここでは(1)ハルシネーション、(2)著作権侵害、(3)個人情報・機密情報漏洩について、取り上げて解説します。
図表4 生成AIの主なリスク
リスク | 説明 | |
---|---|---|
1 | ハルシネーション |
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2 | 著作権侵害 |
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3 | 個人情報・機密情報漏洩 |
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4 | 説明責任 |
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5 | 追跡可能性・監査可能性 |
|
6 | プロンプトインジェクション |
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7 | サードパーティーリスク |
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まず、(1)ハルシネーションですが、これは生成AIが事実とは異なる不正確な回答をすることを指し、そこから、出力された結果を基に業務上で誤った判断をするリスクとなります。ChatGPTを使用しているなかでも、同じような経験をされた読者の方がいらっしゃるかもしれません。ChatGPTは、インターネット上に存在する情報を基に学習しており、それをベースとして問合せや指示への回答を行いますが、必ずしも参照する情報が正しいとは限りませんし、また、情報の意味を理解して正しいと判断したから回答を返すということでもありません。
(2)著作権侵害も、生成AIが参照している情報に起因する問題です。生成AIが学習に使用している情報のなかには、他者の著作物も含まれている可能性があり、生成AIが出力した結果が、その著作物と同一または類似している可能性があります。そのため、その結果を外部に公開してしまったり、自身の成果物として知らずに使用することで、著作権侵害に該当するリスクがあります。
(3)個人情報・機密情報漏洩についても留意が必要です。生成AIに対するインプット情報や指示内容に個人情報や機密情報が含まれていた場合に、生成AIがその情報を学習に使用することで、他者への回答においてその情報が使用されてしまうリスクがあります。
2.AIガバナンスの構築
前項で記載したリスクに対しては、生成AIの特性や限界も十分に理解したうえで、AI活用のためのガバナンス構築を意識し、社内の規則やルールとして整備しておくことが必要となります。AI活用のための社内規則やルールを定めるうえでは、国内外で公表されているAI関連の主要なガイドラインが参考となります(図表5参照)。各種ガイドラインを参考にすることでAIガバナンス構築に必要なポイントや手続きを把握し、自社における考え方を加味することにより、網羅的で一貫性のあるルール整備が可能となります。
図表5 国内外の主要なAIガイドライン等
発行年 | 公表元 | 文書名 | |
---|---|---|---|
1 | 2019/04 | 欧州委員会 |
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2 | 2019/08 | 総務省 |
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3 | 2021/01 | 経済産業省 |
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4 | 2021/04 | 欧州委員会 |
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5 | 2021/07 | 経済産業省 |
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6 | 2023/01 | 米国(NIST) |
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7 | 2023/07 | 米国 |
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8 | 2023/12 | 総務省/経済産業省 |
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IV.生成AI導入のプロセス
1.導入プロセス
生成AIを実際の業務に適用する場合の進め方として、まずは適用すべき業務の選定を行うことになります。現在の自社の財務経理業務において、図表3で紹介した生成AIの特徴も加味して、適用できそうな業務を選定します。ここでは、まずはやってみるという姿勢が重要となりますので、いきなり複雑な業務に取り組むのではなく、図表3のより左側にある「文章要約・生成」や「コミュニケーション」といった比較的生成AIが得意で導入の難易度も高くないところから始めることをお勧めします。そこで、経験を積み導入におけるポイントを掴んだうえで、特に負荷が高い業務や課題となっている業務に活用できないかを段階的に考えることが成功の近道です。
対象の業務を選定したら、その業務で求められる要件を洗い出し、構築するアプリケーションのイメージが明確になった段階で、PoCにより実現が可能か、目的の効果が得られるかどうかを検証することになります。PoCでは想定している生成AIの利用方法に合わせてプロンプトの検討や簡易的なアプリケーションの構築を行います。ここで得られた結果により、目的の効果が得られると判断出来れば、実際のアプリケーションの構築に進むことになります。生成AIのPoCを行ううえでは、回答の精度の高さにばかりが注目されがちですが、ただ闇雲に生成AIによる回答の精度の高さを求めるだけではなく、想定している業務において、必要な回答の精度が充足されているのか、人がフォローすることで完全な回答にはならないまでも業務の効率化、高度化につながるのか、その点も含めて評価することが重要となります(図表6参照)。
図表6 生成AIの導入ステップ
2.経理DXに向けての考慮
生成AIを財務経理業務に適用するために対象とする業務を検討するうえで考慮すべき事項として、生成AI単体での導入ではそのまま適用できる業務の幅や適用による効果に限界があるということです。昨今、多くの企業において経理DXという名のもとに業務へのデジタルの活用に取り組まれています。この取組みと生成AIの導入は、それぞれが個別に検討されるべき性質のものではなく、財務経理業務全体のデジタル・トランスフォーメーションの1つのソリューションとして生成AIも取り入れる形で検討を進めることが必要です。そのため、前項で解説した生成AIの導入プロセスにてPoCを実施した結果、自社での生成AI活用のイメージや生成AI導入の勘所が把握できたあとは、経理DX全体の取組みとして、他のデジタルソリューションと生成AIの組み合わせも選択肢として、財務経理業務の全体最適に向けた検討を加速させることが、導入効果を最大化する取組みになると考えています。
3.データマネジメント・データガバナンスの整備
生成AIを財務経理業務に適用するうえで、もう1つ重要な要素を挙げるとすると、データマネジメント・データガバナンスの整備があります(図表7参照)。今後、生成AIが業務の各所に適用されるようになると、これまで重視されていた定量データの収集・保管・運用に加えて、文書情報のような定性データの管理がこれまでよりもはるかに重要になります。たとえば、生成AIがそのインプット情報として会議の議事録を参照する場合に、経営会議の議事録をインプットした回答を経営層向けに行うことは問題ありません。しかし、現場の担当者向けに回答する場合に、そのような情報は反映されるべきではないケースが想定できます。これら定性データを含む企業全体のデータマネジメントやそれらのデータを管理するうえでのデータガバナンスの構築は生成AIの導入と連動して進められることが望ましいと考えています。
図表7 データマネジメントの構築
V.さいごに
生成AIは万能ではなく、得意、不得意がある技術であり、完全に人の代替として業務を実施するまでには至っていないのが現状です。そのため、業務への適用は時期尚早であるとの意見が聞かれることもあります。ただ、人の作業を100%代替することは難しいとしても、そのうち60%や70%でも生成AIが役割を担うことが出来れば、その業務における人の負荷は軽減され、その結果として人にしかできない他の業務への注力が可能となります。さらに、生成AIは発展途上の領域であるものの、その進化は日進月歩であり、今後も我々の業務において大きなメリットをもたらす技術になることが想定されます。たとえば、MS365のCopilotが普及すると常にそばにはAIがいて、あなたの業務を見守り何か手助けできることがないか、常に考えてくれていて、手が止まりそうになると先回りして必要な情報を社内外から見つけてきて提示してくれる、そのような未来がもうそこまで来ています。まずはその第一歩として自社の取組みを始めてみること、少しずつでも先に進めてみることが重要です。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
ディレクター 生田 武則