サプライチェーンの重圧と戦略 取締役会の視点
新型コロナウイルスによる混乱や、ESG関連リスクの高まりにより、世界のサプライチェーンはかつてない問題に直面しています。本稿では、取締役会が、サプライチェーンのリスク、強靭性およびレピュテーションを効果的に監督できるよう、インサイトおよび考慮すべき事項を解説しています。
取締役会が、サプライチェーンのリスク、強靭性およびレピュテーションを効果的に監督できるよう、考慮すべき事項を解説しています。
ハイライト
- サプライチェーンの展望:制約とインフレ圧力は続く
- クリーンなサプライチェーンを後押しする力
- 取締役会から見たサプライチェーンのリスクと強靭性
- 付録:サプライチェーンにおいて人権を後押しする力:規制、地政学、レピュテーション
新型コロナウイルスによるサプライチェーンの深刻かつ広範な混乱により、多くの企業は自社のサプライチェーン戦略を見直し、サプライチェーンにおけるリスクと脆弱性を特定し、強靭性と持続可能性を高めるためのプランを考案し、実施しています。現在、組織のサプライチェーンは、政治的な不安や、パンデミックによる混乱、環境・社会・ガバナンス(ESG)面でのリスク等あらゆるリスクにさらされています。サプライチェーンにおけるリスクとサステナビリティへの取組みを監督することは、取締役会にとって、厳しく複雑な短期および長期的な問題を明らかにするだけでなく、リスクとレピュテーションの面でも大きな意味を持ちます。本稿は、取締役会による監督を支援することを目的に、世界のサプライチェーンを形作るシステミックかつ地政学的要因についてのインサイトを示し、クリーンで持続可能なサプライチェーンに向けた歩みを促す投資家、規制当局およびその他のステークホルダーによるアクションおよび期待を明らかにしています。
ポイント
- 現在サプライチェーンは複数の制約に直面しており、関連するコストはコロナ以前のレベルを上回る状態が続くと予想される。
- サプライチェーン全体にわたる脱炭素と気候変動に対するレジリエンスの強化を目指す動きが注目され、より持続可能なサプライチェーンに対する需要が高まっている。
- サプライチェーンの問題は、投資家や規制当局、消費者から監視され、ESG分野のあらゆる問題と関わるため、取締役会は、会社がサプライチェーン全体をどうマネジメントしているかを十分に把握しておく必要がある。
サプライチェーンの展望:制約とインフレ圧力は続く
新型コロナウイルスのパンデミックによる初期の最悪の経済的影響が解消し始めると、製品に対する需要は回復し、特に米国において顕著に増加しました。オンライン・ショッピングによって主にアジア太平洋地域からの輸入品に対する需要が急速に回復したことで、すでにパンデミックにともなう混乱に直面していた既存のサプライチェーンと商取引の流れに、さらに重い負担がかかりました。加えて、特に東アジアと東南アジアでのゼロコロナ政策によって、製造から港湾インフラ、国境検問所にいたるまで、サプライチェーンのさまざまな部分の機能が散発的に停止し、状況がさらに悪化しました。このようなサプライチェーンに対する需給両面での二重の圧力は、出荷コンテナの移動や労働力不足などのかたちで下流部門にも及び、世界中の物流に広がっています。物流のボトルネックは2022年の早い時期にやや軽減される見通しですが、オミクロン株の感染拡大と需給両面に対する影響は、引き続きサプライチェーンに負担を強いることになるでしょう。
クリーンなサプライチェーンを後押しする力
クリーンなサプライチェーン(環境面・社会面での問題を軽減・防止することを目的とした商品の調達、製造および輸送のための体制)に、ステークホルダーも注目し始めています。これまで企業は、環境面でのパフォーマンスを法的な、もしくはレピュテーションに関わる要件ととらえてきましたが、環境に関わる要素は次第に潜在的な財務リスクと考えられるようになり、サプライチェーン全体にわたる脱炭素と気候変動に対するレジリエンスの強化を目指す動きを後押ししています。こうして気候関連の財務上の考慮事項が優先されるようになりましたが、現在では他の環境問題、特に生物多様性や水資源なども注目され始めています。投資家と消費者の双方から、より持続可能なサプライチェーンに対する需要が高まるにつれ、情報の開示要求はこれまで以上に負荷が大きく、標準化されたものとなり、関連データを追跡する能力が重視されるようになるでしょう。
取締役会から見たサプライチェーンのリスクと強靭性
この1年半ほどの間、企業は供給の確保と生き残りを最終的な目標として、サプライチェーンに関連するかつてない問題に対処してきました。取締役会の主要な役割は、短期的には、サプライチェーンの脆弱性に対処し、強靭性と持続可能性を向上させるためのプロジェクトが効果的に実行されるように支援することです。ここで大切なことは、サプライチェーンに関する各種のプロジェクトが、共通する包括的なビジョンと戦略によって推進されているか否かという点です。そして、誰がその取組みを指揮し、点と点を結び、説明責任を負っているかです。また取締役会は、サプライチェーンにおけるさまざまなESG関連リスクを管理するための取組みについて、焦点をさらに絞り込む必要があります。特に気候変動やその他の環境問題に関連するリスク、そして人権、強制労働、児童労働、労働者の健康と安全、サプライチェーンにおける多様性・平等・包摂性(DEI)などの「S(社会)」の分野における重大なリスクは、規制とコンプライアンス、そしてレピュテーションに深刻なリスクをももたらします。
付録
サプライチェーンにおいて人権を後押しする力:規制、地政学、レピュテーション で
米国と中国の関係は次第に対立的なものとなり、広範にわたる緊張関係によって、協力が可能な分野が狭まっています。こうした圧力の中で、米国は、新疆ウイグル自治区における人権を尊重するよう求め、関税や輸入制限、同自治区からの一部製品に対する制裁措置がおこなわれています。人権は、米国と中国が各々の政治的・経済的パートナーに対し、どちらにつくか選ぶよう迫っている分野でもあり、新疆に関する政策は、すでに地政学的に協力関係にある国に支持されていることもめずらしくありません。
また新型コロナウイルスのパンデミックにより、労働者の脆弱性が明らかになり、強制労働や児童労働、労働安全衛生基準に関連した問題が悪化しました。これらの問題をメディアが取り上げたことから、新興国市場から調達をおこなっていた政府、政府間組織、投資家や企業に対して、サプライチェーンへの対応を進めるよう圧力が強まりました。
新型コロナに伴うリスクや中国と米国の亀裂を促す政策は、製造レベルか原材料調達レベルかにかかわらず、単一の調達元に依存するサプライチェーンのコストを増大させました。パンデミックがエンデミックへと変わり、厳格な封じ込め政策によるリスクは低減したものの、企業は今後も、政策リスク、トランスモーダル輸送によるリスク、また需要の増減に伴うリスクを軽減するため、サプライチェーンの多角化や地域化をますます追求していくことになるでしょう。